朝のひと時とアルベルトの報告
翌朝、いつものようにシルフ達に起こされたレイは、大きな欠伸をして元気よくベッドから起き上がった。
「今日は、午前中にマークとキム、それからディーディーとニーカが来てくれるんだよ。それから午後からは精霊魔法訓練所のお友達も来てくれるし、今夜はマークとキムにここに泊まってもらえるんだよ。やっと皆に綺麗になった瑠璃の館を見てもらえるんだ。嬉しい!」
枕に抱きついてご機嫌でそう言ったレイは、集まって来たシルフ達に笑顔で手を振った。
『ご機嫌ご機嫌』
『主様はご機嫌』
「そうだよ。だって嬉しいんだもん。ねえブルー」
枕元に現れたブルーのシルフに、レイは満面の笑みで話しかける。
『そうだな。きっと今日も楽しい一日となるだろうさ。さあ、まずは顔を洗って来なさい。なかなかに豪快な寝癖になっているぞ』
「ああ、もうまたやられた!」
鳥の巣みたいになった頭を押さえて笑ってベッドから降りると、まずはカーテンを引いて窓を開ける。
「ううん、今日も良いお天気!」
晴れ渡る夏空を見上げて嬉しそうにそう言うと、開いた窓はそのままに足早に洗面所へ向かった。
「おはようございます。レイルズ様」
ノックの音と共に部屋に入ってきたアルベルトとラスティは、空っぽのベッドと開いた窓を見て、無言で顔を見合わせてそのまま揃って洗面所へ向かった。
洗面所からは賑やかな笑い声が聞こえている。
「もう、一体どうやったらこんな絡まり方が出来るんだよ。何がどうなってるのか全然わからないよ」
バシャバシャと顔を洗う音が聞こえた後に、レイの笑いながらの文句が聞こえる。
「おやおや、どうやら今朝の寝癖はかなり強力なようですよ」
「それは大変だ。では応援に参りましょう」
ラスティの呟きにアルベルトも笑顔で頷きつつそう答える。
そのまま二人は、レイの豪快に絡まり合った髪を手伝ってせっせと解して回ったのだった。
「はあ、ありがとう。今日のはかなり強力だったからね。一時はどうなる事かと思っちゃったよ」
何とか無事にいつもの髪に戻り、こめかみの三つ編みに紐を結んで貰いながらもレイはそう言いながらずっと笑っている。
「お役に立ててよろしゅうございました」
最後にもう一度ブラシで髪を整えながら、アルベルトが笑顔で頷く。
「そう言えばレイルズ様、一つアルベルトから報告がありますよ」
結び終えた紐の入った箱を片付けていたラスティが、ふと顔を上げて笑いながらレイを振り返る。
「何? どうかしたの?」
ブラシをかけてもらっている最中なので、大人しく前を向いたまま、視線だけはなんとか背後のアルベルトを見ようとしつつそう尋ねる。
「はい。実は昨夜、仕事を終えて自室へ戻り休もうとしたところ、ある事実が判明いたしました」
大真面目なアルベルトの言葉に、レイは驚いて振り返ってしまった。
「おっと」
慌ててブラシを引いたアルベルトにレイは目を見開いて見上げた。
今はレイは椅子に座っていて、アルベルトとラスティは立ったままなので彼の方が背が高い。
「何かあったの?」
「はい、実はシルフ達が私に何の悪戯をしていたのかが判明したのでございます」
「えっと、何だったの?」
怪我をするような事はしないと思うが、彼女達の愛情表現は独特だ。良かれと思ってやった事が人間にとっては迷惑だったなんて事は十分にありうるだろう。
心配になってアルベルトを見つめていると、彼は苦笑いをして自分の靴を指さした。
「部屋に戻って靴を脱いだところ、この飾りボタンの向きが全て変わっておりました。上下が逆になってボタンが緩んで外れそうになっている部分もございましたね」
驚きに目を瞬いたレイは黙って足元に視線を落とし、アルベルトが履いている真っ黒な革靴を見つめた。
靴の左右外側部分に、銀細工の綺麗な飾りボタンが付いている。
確かにあれならくるくる回して遊ぶ事は可能だろう。
「ああ! 彼女達が、くるくる回すのが大好きって言ってたのって、それ?」
「はい、どうやら気に入ったらしく、昨夜眠る前に元に戻してしっかりと締め直したのですが、今朝起きてみると、飾りボタンが左右ともに外されていて、床に転がっておりました。念のため専任の者に修繕をお願いしましたので、本日は昨日とは別の靴を履いております」
「でも、それにもついているねえ。飾りボタンが」
吹き出す寸前のレイの視線の先に見えていたのは、彼の足元に集まって来た何人ものシルフ達が、楽しそうの飾りボタンをまたくるくると回したり、時折引っ張ったりしながら遊んでいる姿だった。
「まあ驚きはいたしましたが、この程度ならば簡単に戻せますので気にしない事にいたしました。もしも飾りボタンの向きがおかしいとお叱りを受けた際には、これは私のせいではなく、シルフ達による悪戯のせいですと申し上げるつもりでございます」
「あはは、そうだね、じゃあもしも誰かにアルベルトが叱られたら、僕が言ってあげるよ。アルベルトは完璧なんだけど、シルフ達に気に入られたのが唯一の不幸であり最高の幸せなんだってね」
「ありがとうございます。その際には是非ともお口添えをお願い致します」
大真面目にそう言って一礼したアルベルトは、自分の足元を見下ろして小さなため息を吐いた。
「それにしても、飾りボタンが外れた靴を見てあんなに笑ったのは、私の決して短くはない人生の中でも、間違いなく初の出来事でございましたね」
「困った事だねえ」
「左様でございますねえ。誠に困った事でございます」
顔を見合わせたレイとアルベルトは、困った困ったと言いつつも、顔はもうどちらもこれ以上ないくらいの笑顔になっていたのだった。
『困ってるのに笑ってるね』
『笑ってるのに困ってるねえ』
『変なの変なの』
『変なの変なの』
口々に笑いながらそう言ったシルフ達は、レイと、それからアルベルトの頬や額に、先を争うようにして次々にキスを贈ってから消えていくのだった。




