お茶会の終了とシルフ達の悪戯?
「ありがとうございました。どうぞお気をつけて」
笑顔で帰っていく教授達や倶楽部の方々を玄関まで出て見送ったレイは、最後まで残っていたガンディとガスパード先生を振り返った。
「お忙しい中を来てくださって嬉しかったです。本当にありがとうございました。頂いた本は、大事に読ませてもらいます」
「うむ、しっかり勉強しなさい。まあ質問があればいつでも受け付ける故、遠慮なくシルフを飛ばしなさい」
「はい、是非お願いします!」
嬉しそうに目を輝かせるレイの腕を叩いて、ガンディとガスパード先生はラプトルに乗って白の塔へ帰っていった。
「ふう、今日はお茶会だけだったから、終わる時間も早かったんだね」
ガンディとガスパード先生の姿が角を曲がって見えなくなるまで見送ったレイは、まだ暮れるには少し早い空を見上げて小さく笑ってそう呟いた。
『お疲れさん。まあ色々な場面を経験しておくのも大事な事だからな』
右肩に座ったブルーのシルフの言葉に、笑顔のレイは大きく頷く。
「えっと、初日は午前中からお客様に来ていただいて、庭で野外の昼食会、午後からは歓談の時間と演奏会、それから細やかだったけれど正式な僕が主催する初めての晩餐会。二日目は午後のお茶会。だね」
指を折って昨日と今日の様々な場面を思い出しながら考える。
「ねえアルベルト。明日はどんな予定なんですか?」
主人の無邪気な質問に、アルベルトは笑顔で一礼する。
「では、まずは中へお戻りください。夕食の後に、明日の予定の説明をさせていただきます」
「分かりました。じゃあよろしくね」
笑顔でそう言うと、促されて館の中へ戻る。
「あれ、中はずいぶん涼しいんだね」
見送りに出た外は、下から湧き上がるような暑さと熱気でじっとしていても額に汗が滲むほどだったのだが、屋敷の中へ入った途端にひんやりとした風を感じて、レイは驚きに目を見開いた。
「はい、このくらいの時間になりますと、ちょうど竜の鱗山から吹き下ろす風が一の郭を吹き抜けていくのです。ですので、この時間には山側の窓を開けて屋敷内部に風を通すのです」
アルベルトの説明にレイは感心したように頷く。
「それにレイルズ様がこの館の主人となられて以降、屋敷内部を通り抜ける風が強くなり、換気も楽に出来ていると裏方のもの達が喜んでおります」
「それに、この時期ならばもっと温度が高い風が吹くはずなのですが、なぜか昨日から涼しい風が吹いてくるのです」
目を瞬き、少し考えてから自分を頭上から見つめているシルフ達を見上げる。
「もしかして、君達?」
小さな声でそう尋ねると、シルフ達は大喜びで手を叩き合って何度も頷いた。
『だっていつも暑い暑いって言ってるから』
『すこし冷やした風をお届け〜』
『ひんやりひんやり』
『気持ちいいんだよ〜〜!』
笑いながら得意げにそう言うシルフ達に、レイは笑顔になる。
「やっぱりそうなんだね。ありがとう」
目の前で急に虚空と喋り始めたレイを見て、一瞬アルベルトは口を開きかけて噤んだ。
「レイルズ様。もしや精霊の皆様が何かしてくださっているのでしょうか?」
恐る恐ると言った感じに尋ねられて、レイはアルベルトを見て笑顔で大きく頷いた。
「そうだよ。シルフ……えっと、風の精霊達が、僕がいつもいつも暑いって文句を言ってるから冷やした風を送ってくれているんだってさ」
「おお、それは素晴らしい。精霊にはそのような事も出来るのですね」
感心したようにそう言うと、アルベルトは先ほどレイが話しかけていた頭上へ向かって深々と一礼した。
「精霊の皆様方のお優しい計らいに心より感謝いたします。おかげで我らも涼しい時間を過ごす事が出来ます」
お礼を言われたシルフ達は、大喜びで手を叩き合うと次々にアルベルトの硬くて短い髪にキスを贈ったり、肩に座って襟をこっそりひっくり返したりし始めた。
それを正面から見てしまったレイが堪えきれずに吹き出す。
「こら君達、アルベルトの事が気に入ったのはいいけど、悪戯はほどほどにね」
笑ったレイの言葉に、驚いたアルベルトが慌てて髪を触る。
「残念でした。彼女達が悪戯したのはこっちだよ」
そう言って、手を伸ばしてひっくり返されてしまった襟を元に戻してやる。
「おお、これは失礼致しました。レイルズ様に身なりを直されるなど……」
焦るアルベルトにレイは笑って首を振る。
「気にしないで。先程まで完璧だったよ。あのね。彼女達の悪戯には悪気はないんだ。だからどうか怒らないでやってね」
驚きつつも頷くアルベルトに、レイは小さくため息を履いて頭上を見上げた。
「例えば、僕みたいに精霊が見える人だけじゃなくて、彼女達は気に入った人がいると、その人に自分達が見えなくても側にいたくて悪戯したりするんだ。それは言ってみれば彼女達なりの愛情の表現方法なんだ。だから怒らないでやってね」
もう一度怒らないでと言うと、小さく笑って頭上のシルフ達にも話しかける。
「君達も悪戯はほどほどにね。アルベルトはお仕事があるんだから、邪魔しちゃ駄目だよ」
『彼は怒らないわ』
『優しいもん』
『優しいもん』
『ね〜〜!』
『ね〜〜!』
笑いさざめくシルフ達の言葉に、レイも驚きに目を見開く。
「ええ、ちょっと待って。君達、アルベルトに悪戯するのって今が初めてじゃないの?」
すると、シルフ達は笑いながら一斉に口元に指を立てた。
『しーなの』
『しーなの』
『内緒内緒』
『楽しい楽しい』
『クルクルクルクル』
『回すの大好き!』
『ね〜〜!』
『ね〜〜!』
「あの、レイルズ様……シルフの皆様は一体なんと?」
戸惑うようにそう尋ねられて、レイも困ったようにアルベルトを見る。
「ええと、身なりは完璧。汚れも無し。どこかが破れたりもしていない」
アルベルトを見ながら一つ一つ確認していく。
「ねえ、アルベルト。どこかいつもと違う所って無いですか?」
いきなりそう尋ねられて、困ったように考える。
「さて、特にどこにも問題があるようには思われません……」
自分の服を確認し、手袋を外して指先まで確認するが特に何も無い。
「ううん、何だろう? シルフ達はクルクル回すのが楽しいって言ってるんですけど、どこかに回すようなものってありますか?」
そう言われて手首のカフリンクスや、ポケットの中のペンも確認したが問題無い。
困って考え込む二人を、周りに集まったシルフ達は目を輝かせて見つめていたのだった。




