晩餐会とお見送り
「ありがとうございます。どこまで出来るか分かりませんが、頑張って何か一つ仕上げてみるのをまずは目標にしますね」
ミレー夫人とイプリー夫人の二人から、裁縫道具が一式揃った見事な裁縫箱と刺繍糸や縫い糸のセットを贈られたレイは、嬉しそうにそれらを撫でながら何度も二人にお礼を言っていた。
「喜んでいただけて良かったですわ」
「逆に困らせてしまったらどうしようかと、実はちょっと心配していたんですの」
苦笑いする二人の言葉に、レイは思わず目を瞬く。
一瞬、ニコスのシルフ達に聞きかけたけれど、少し考えて笑顔になる。
「それって、僕が実は、刺繍を嫌がっていたらって事ですよね?」
揃って頷く二人の夫人を見て、笑顔のレイは首を振った。
「本当に嫌なら、見学に行くお約束はしません。ラスティにお願いして断ってもらいます。だけど、刺繍も面白いなってそう思ったから、やってみたいって思ったんです」
照れたように笑うレイの言葉に、二人が大喜びしたのは言うまでもない。
その後は、部屋の装飾として置かれている天球儀にゲルハルト公爵が興味を示したものだから、そこから突然レイによる天球儀の詳しい説明が始まってしまった。
興味津々で話を聞く男性陣と違い、話についていけなくなった女性達は苦笑いして少し下がり、のんびりとおしゃべりを楽しみながら、嬉々として天球儀を回すティミーとジャスミン、それからクローディアとアミディアを眺めて和んでいたのだった。
夕食は、一番広い部屋を使って華やかに晩餐会が催された。
本来なら未成年であるジャスミンやティミー、それからアミディアの三人は参加出来ないのだが、今回は主催者であるレイの希望で全員に席が設けられ、子供達用に特別に用意された食べやすく工夫された料理やジュースに、三人は大喜びしていたのだった。
また、初めての自分が主催の晩餐会での挨拶は、もうこれ以上ないくらいにしどろもどろになってしまい、ニコスのシルフ達を嘆かせ、レイは真っ赤になって席についたのだった。
「うああ、緊張してて途中から何言ってるんだか分からなくなりました」
メインの料理が運ばれてくるのを見ながら、大きなため息と共にレイがそう言って顔を覆う。
「いやいや、なかなか見事な挨拶だったぞ」
「そうよ、立派でしたわ」
ディレント公爵夫妻がそう言ってくれるがどう見てもその顔は笑っていて、更に情けない顔になるレイに、まわりの皆は笑いを堪えるのに苦労していた。
レイは、緊張のあまりせっかくの料理の味もろくに分からなかったのだが、皆からとても美味しかったとお褒めの言葉をもらい、最後にはようやく緊張も解れて笑顔になっていたのだった。
「では、どうぞ気をつけてお帰りください」
次々に、馬車が玄関先に回され、最後に改めて一人一人に挨拶をしたレイは、まずはジャスミンやウィルゴー夫人をはじめとする女性陣を見送り、それからディレント公爵夫妻をはじめとするご夫婦で来て下さった方々を順番に見送った。
ヴィゴはタドラも一緒に家族と一の郭の屋敷へ戻り、ティミーも母上と一緒に今夜は一の郭の屋敷へ帰っていった。ロベリオはフェリシア夫人と一緒にまた別荘へ戻り、ユージンもサスキア様を送るために一緒に馬車に乗った。それからカウリも今夜は一の郭の屋敷へ戻るとの事で、最後に護衛の者と一緒に帰って行った。
その結果、最後に残ったのはアルス皇子とマイリーとルークの三人だけになってしまった。
「母上が詳しい報告を聞きたがっているのでね。それじゃあ私も戻らせてもらうよ」
アルス皇子は今日は本部ではなくお城へ戻るとの事で、専任の護衛の者達とレイが用意した護衛担当の者と共に城へ帰って行った。
それを見送ってから顔を見合わせたルークとマイリーは、半ば放心しかけているレイの背中を叩いた。
「お疲れ様。なかなか立派だったぞ」
「本当に大したもんだ。屋敷の者達にも、後で執事を通じて労いの言葉をかけておくといいぞ。料理だけじゃなく、帰りの馬車の案内も完璧だったし、失敗らしき失敗が無いなんて最高だぞ」
「僕の挨拶は失敗だったと思いますけど」
恥ずかしそうに笑うレイに、二人も笑う。
「あれはあれで良いんだよ。主人がまだまだ未熟でこれからに期待だって招待客達に知らしめたわけだからな」
大真面目なルークの言葉に、レイが情けない悲鳴をあげる。
「ええ! 待ってください。それって、全然慰められてるように聞こえません!」
「あはは、言うようになったなあ。最後に笑わせてもらって俺達も楽しかったよ。それじゃあな。まだ明日以降もあるんだろう? 後で執事としっかりと打ち合わせをして、今日は早めに休みなさい」
笑ったマイリーの言葉に、顔を上げたレイは笑顔で頷いた。
「分かりました。じゃあ今夜は早めに休みます。マイリー、ルーク、今夜は来ていただけてとても嬉しかったです。またいつでも気軽にきてくださいね」
改めて挨拶するレイに、二人も笑顔で居住まいを正してくれた。
「おう、それじゃあな。本読みの会、楽しみにしているよ」
「ああ、それじゃあ帰るか。そうだな。次に来るとしたら本読みの会かな?」
軽々とラプトルに乗ったルークとマイリーの言葉に、笑顔で何度も頷くレイだった。




