もう一つの贈り物
「素晴らしい演奏でしたわ」
「本当に、なんて贅沢な時間だったのでしょうね」
笑顔の女性達が口々に褒めてくれて、無事に即席の演奏会は終了となった。
「実は、レイルズ様にちょっとした贈り物を持って参りましたの」
「大したものではありませんから、遠慮なさらないでくださいね」
ヴァイデン侯爵夫人であるミレー夫人と、バーナルド伯爵夫人であるイプリー夫人は、二人揃って笑顔で執事に合図を送る。
一礼した執事がすぐに、ひと抱えほどもある大きな布を被せた箱を二つ持って戻ってきた。
「失礼致します」
一礼したその執事が、机の上にそれを置きそっと布を剥がした。
「まあ綺麗!」
「本当ですね、とても綺麗です」
少し離れたところで見ていたジャスミンとティミーが揃って感心したような声を上げる。
布の下から現れた大きなそれは、どうやら上側部分が蓋になった箱のようだ。
しかし、荷物を運搬する時に使う木箱とは違い、全体に綺麗な濃い青色の蔓草模様の布が貼られていて、さらにそれぞれの角の部分には銀細工の大きな金具が取り付けられている。
左右側面に取り付けられた可動式の木製の取っ手は蓋を開ける際には大きく開くようになっていて、蓋を閉めて取っ手を上側に回せば、そのまま手提げのように持つ事も出来る仕様だ。
その蓋の部分にも同じ綺麗な青い蔓草模様の布が貼られていて、蓋の周囲には、全面にわたって繊細な模様が入った綺麗な銀細工が縁取られていた。
女性が使うレース細工の化粧箱のような華やかさはないが、これも細工の見事な装飾箱のようだ。
「素敵な箱ですね。これは何を入れる物なのですか?」
机の上に置かれたそれに、レイは興味津々だ。
「どうぞ開けてみてくださいな」
「中身も、二人で吟味して選んだんですから」
満面の笑みの二人に促されて、レイはそっとその箱の蓋を開いた。
「まあ、すごい!」
レイが何か言うよりも先に、ジャスミンの声が部屋に響いて小さな笑いがもれる。
「し、失礼しました」
真っ赤になるジャスミンにレイは笑顔で振り返る。
「僕の気持ちをそのまま言葉にしてくれてありがとう。本当に凄いよね」
そう言って、嬉しそうに開いた箱の中を覗き込む。
それは、豪華な裁縫箱で、箱の上部には取り外せるトレーがついていて、そこには分厚い布に刺さった大小様々な針や、綺麗な細工の入った鋏など、裁縫道具が並んで納められていたのだ。
トレーを取り外して箱の中を見たレイは、首を傾げてあるものを取り出した。
それは片手を広げたくらいの大きさの木製の輪っかで、幾つか大きさの違う小さめの物も一緒に入っていた。
「えっと、これは何をする道具ですか?」
木枠の外側部分には小さな金具がついていて、締めたり緩めたり出来るみたいだ。
「レイルズ様、それは刺繍用の木枠ですわ」
目を輝かせたジャスミンが、嬉々として説明を始めた。
「その木枠は二重になっていて、外側の木枠には金具がついていて締めたり緩めたり出来るようになっているんです。ここに布を張って、それから刺繍をするんです」
「ああ、それなら見た事があるよ。へえこんな風になってるんだ」
嬉しそうに金具を緩めて木枠を分解してどうなっているのか調べ始める。
「この鋏の細工も見事ですね」
ジャスミンの声に、手を止めたレイは、木枠を横に置いて裁縫箱を覗き込む。
上部のトレーに入っていた鋏は掌に握り込めるくらいの小さなものだったが、下の段に入っていたそれは刃の部分だけでも15セルテくらいはある大きな鋏だ。
「こちらの小さな鋏は糸を切る為のもので、こちらの大きな鋏は、主に布を切るのに使うのですわ」
「これは布用の鋏ですから、決して紙を切ったりなさらぬようにお願い致しますね」
ミレー夫人とイプリー夫人の説明に、レイはその大きな鋏を見つめる。
「ハサミなんて、どれも同じだと思っていました。違うんですか?」
すると、裁縫箱の縁にブルーのシルフが現れて座った。
『布は繊維がとても柔らかいから、刃入れの際にもそれほど強くは作らぬ。だが紙は逆に繊維が硬くて強いので、しっかりと刃入れされた紙用の鋏を使うのだよ』
「へえ、そうなんだ。じゃあこの鋏でうっかり紙を切っちゃったら、こっちの鋏の刃が傷んじゃうって事だね」
納得するレイを見て夫人達は驚きを隠せない。
「まあまあ、さすがは古竜様。よくご存知ですわね」
感心したようなその呟きに、ブルーのシルフは得意気に鼻で笑った。
「それから、こちらの箱もどうぞ」
先程の執事がまた別の箱を持って進み出てきた。
裁縫箱の横に置かれたそれは、綺麗な木目の入った文箱のようにみえるが、かなり大きめだ。
「これも綺麗ですが何が入ってるんですか?」
そう言ってレイが木箱を開くと、今度はジャスミンだけでなく、後ろで見ていた竜騎士隊からも感心する声が聞こえた。
「これまた見事だなあ」
「全くだ。あんなに色があるとは驚きだよ」
ルークの呟きに、隣にいたディレント公爵も頷いている。
筒状の糸巻きに巻かれた、さまざまな色のごく細い糸は、縫い糸。
そして、色ごとに束になって紐で括られているそれは、さまざまな色で染められた刺繍専用の柔らかな糸だった。
「それからこれは、初心者の方向けの簡単な製図が載った冊子です。これも一緒にどうぞ」
表紙に美しい装飾が施されたそれは、端を紐で綴じてある大きめの冊子で、開くと大小様々な刺繍用の製図が描かれていた。
「今度、刺繍の花束倶楽部の見学の時には、どうぞそれをお持ちになってください。製図の写し方から刺繍の始め方まで、全部教えて差し上げましてよ」
「ありがとうございます。ぜひよろしくお願いします」
ミレー夫人の言葉に、木箱に蓋をしていたレイが笑顔で大きく頷く。
「へえ、刺繍の花束倶楽部に見学に行くんだ」
「すげえな。レイルズ」
「私の肩掛けにも見事な刺繍をしてくれたと聞いているからね」
感心するロベリオとユージンの横では、フェリシア様も笑顔でそう言いながら感心したように頷いている。
「意外な才能だな」
「ああ、なんでも熟練の職人みたいだったとディア達が口を揃えて言っていたぞ」
感心するマイリーの横では、ヴィゴも笑いながら娘達から聞いたと言って笑っているのだった。




