貴族の役割と考え方
「本当に、素晴らしい本をこんなにもたくさん、ありがとうございます。大切に読ませていただきます!」
目を輝かせてお礼を言うレイに続き、同じくらいに目を輝かせたティミーが横から木箱を覗き込む。
「第二書斎にこんな素晴らしい書物が眠っていたなんて、僕初めて知りました! 母上、今度家へ帰ったら第二書斎の鍵を開けてください。僕も見てみたいです!」
相変わらずの知識欲の塊のような息子の言葉に、ヴィッセラート伯爵夫人は戸惑いつつも笑顔で頷くのだった。
ヴィッセラート伯爵夫人が持ってきた古い書物は、今となってはどれ一つを取っても決して市場には出ない貴重な物ばかりで、目を輝かせてお礼を言うレイだけでなく、ティミーや竜騎士隊の皆までがそれらを見て口々に感心している様子に、夫人は密かにそれ程の値打ちのあるものだったのかと驚いていたのだった。
実を言うとあの第二書斎に置かれていた古い書物は、どれも埃っぽい上に見るからに古臭くて汚くて、夫人にとっては本としてももう見る価値も無い物だと思っていた。
だが先祖の方々が集めた大切な書物だと亡き夫から何度も聞かされていた為、それらは自分には関わり合いのないものだが、この家の歴史の一部なのだ、くらいにしか考えていなかった。
しかし、ティミーからディレント公爵閣下が屋敷内の書斎から古い書物を数多くレイルズに贈った話を聞き、もしかしたらこの屋敷の書斎にも何か役に立つ本があるのではないかと考えて、一度改めて調べてもらう事にしたのだった。
古い書物については専門家と言っても過言ではないガンディは、夫人から相談を受けてやってきて第二書斎の本を見るなり真顔でこう言ったのだ。
「素晴らしい。これらがどれほど貴重な知識の宝庫であるか、あなたはご存知ないようだ、と」
ガンディは夫人の許可を得てその場で王立大学の司書の人達に連絡を取り、血相を変えて駆けつけた司書の人達とガンディは、それこそお茶も飲まずに丸一日中書斎にこもって埃だらけの本の山と嬉々として向き合っていたのだった。
その結果、何冊かの本を示してこれらの本を是非レイルズに見せてやって欲しいと頼まれ、彼の成人祝いに何か本を贈るつもりだった夫人がその話をした結果、レイルズが持っていた方が良い本をガンディが選んでくれて、残りはティミーの為の本と、改めて保存した方が良いものに分けられたのだった。
実を言うと、伯爵家の領地のあるバーグホルトの街の郊外にある別荘にも同じくらいに広い開かずの書斎があり、そこにも相当古い書物の数々が収められているのだ。
それらについても一度改めてどのような本があるのか調査をして欲しい旨を伝え、目を輝かせるガンディと司書の人達にその場で了承されたのだった。
しかし、こちらは今すぐと言うわけにはいかないので、秋以降に調査が開始される予定で調整が進んでいると聞いている。
木箱から本を取り出して、顔を寄せて嬉しそうに話をするレイとティミーを見つめながら、ヴィッセラート伯爵夫人は、自分が少しでも彼らの役に立てた事を密かに喜んでいたのだった。
自分にはさっぱり解らないただの汚れた書物であっても、その専門家の人達にしてみれば、宝石よりも価値のある書物になるのだ。
そのような世界がある事を知らないなりにでも理解していた夫人は、持っているそれらを必要な人へ届ける事に躊躇いを感じる事は無かった。
様々な知識の継承と保管、そして新たな枝への知識の引き渡し。
これらが多くの物を持つ貴族の役割の一つである事も、夫人は理解していたのだった。
『ふむ、少々わがままで癇癪持ちではあるが、精霊王から与えられた己の役割をしっかりと理解しておるな。人にしてはなかなかに優秀では無いか』
本棚に座ってヴィッセラート伯爵夫人の様子を見ながら、ブルーのシルフは感心したように何度も頷いていたのだった。
「では次はこちらへご案内させていただきます」
アルベルトの言葉に持っていた本を木箱に戻したレイが立ち上がり、一同は名残惜しそうに書斎を後にした。
その後は、この瑠璃の館を建てたルーディア伯爵の肖像画を前に屋敷が建てられた当時のオルダムの様子を説明をしたり、代々の屋敷の主人の肖像画を紹介したりした。
「なあ、お前の肖像画はまだ描いてもらっていないのか?」
壁に並んだ歴代の瑠璃の館の主人の肖像画を見上げ、にんまり笑ったカウリに背中を突かれて驚いたレイは振り返ってカウリを見た。
「ええ、僕の肖像画って何ですか?」
「何って、ここにお前の肖像画を飾るんだろうが」
そう言ってカウリが指さしたのは、代々の瑠璃の屋敷の主人の肖像画が掛けられた壁の一番端の部分で、確かにそこだけが不自然なほどに空間が空いている。
無言でそこを見た後に、レイは執事のアルベルトを振り返る。
「はい、手配は済んでおりますので、レイルズ様が落ち着かれましたら、まずは一枚目の肖像画を専任の画家に描いて頂き、それをここに掛ける予定となっております」
まさか自分の肖像画を描く日が来るとは全く思っていなかったレイは、目を白黒させて並んだ肖像画を見つめ、カウリやロベリオ達に大笑いされていたのだった。




