知らない事と新たな贈り物
「ええ、凄い! でも確かに言われてみれば、奥と手前で木の大きさが違いますね!」
散々悩んだのだが結局解らずに降参したレイは、マイリーとルークから正解を教えられて感心したように何度もそう言いながら目を輝かせて頷いていた。
「お前が驚いてどうするんだよ」
笑ったルークに頭を突っつかれて舌を出すレイを、ゲルハルト公爵夫妻は笑って見ている。
「レイルズ、何が凄いの?」
その時、ジャスミンがお菓子の乗ったお皿を手にやって来てレイの隣に座る。
ボナギル伯爵夫妻は、少し離れたところで笑顔で彼女を見ているだけで、こちらへは近寄って来ない。それに気付いたゲルハルト公爵夫妻が席を立って伯爵の所へ行き、笑顔で乾杯した後ににこやかに話を始めた。
こういった場では、あまり同じ人達とばかりは話さずに相手を変えて話をするのが礼儀だ。最低でも一通りの人達とは言葉を交わす。
あちこちでそうやって普段とは違う顔ぶれで集まる人達を見て、レイは嬉しそうな笑顔になるのだった。
「ねえ、アルベルトは知ってた?」
ちょうど、空いたお皿を下げに来てくれたアルベルトに気付いたレイが、目を輝かせて彼を捕まえる。
「はい、何でございましょうか?」
すぐに来てくれた別の執事に持っていたお皿を渡したアルベルトが、改めてレイに向き直る。
「この睡蓮の池の奥側と手前側で周囲の木の大きさが違うんだって。だから実際の広さ以上に大きく見えるんだって!」
「おやおや、気付かれてしまいましたか。後ほど、ご説明させていただこうと思っておりましたのに。さすがでございますね」
目を見開いたアルベルトは、感心したようにそう言ってマイリーとルークを見る。
「気付いたのはこっち。俺は遠近法ってヒントをもらってやっと気が付きましたよ」
ルークが笑って肩を竦めてマイリーを見る。
「えっと、僕はその遠近法って言葉を初めて聞きした。それは何に使う考え方なの?」
無邪気なレイの質問に、聞かれたルークは首を傾げてマイリーを見る。
レイに続いてジャスミンにまで見つめられてしまい、苦笑いしたマイリーは飲んでいたワイングラスを置いて振り返った。
「俺の実家は宝石鉱山を経営しているって話をしただろう。覚えてるか?」
覚えていたので笑顔で頷く。ジャスミンも、父上から聞いた覚えがあったので同じく頷く。
「そこの鉱山で働くドワーフ達から、子供の頃に教えてもらったんだよ。彼らは鉱山内の地図を描く際に、この方法を使うんだそうだ。つまり、平面の紙に、地下の坑道の繋がりを描いた地図のほかに、中心となる竪穴の様子を詳しく描く際などにこの遠近法を用いたそうだよ。ええと何と言ったかな……そうそう、一点透視図法とか言ったな。他に消失点を二つ使った二点透視図法なんてのもあったぞ」
「へえ、それも初めて聞きました。どうやって描くんですか?」
嬉々として、その描き方の説明を始めたマイリーだったが、残念ながらレイ以外は誰も話について来られず、揃ってポカンと口を開けて聞いていたのだった。
「ええ、凄い! そんな技法があるんですね。ギードは知ってるかなあ」
初めて聞く技法に目を輝かせるレイの言葉に、マイリーが笑って頷く。
「どうだろうな。だが恐らく知っていると思うぞ。ギードも鉱山内の地図くらいは自分で描いているだろうからな」
「へえ、じゃあ今度連絡した時に聞いてみようっと」
嬉しそうなその言葉に、またワインを一口飲んだマイリーはふと思いついたようにレイを見た。
「そう言えば、ご実家で育てている金色のラプトルは元気にしてるのかい?」
「ああ、それは俺も聞きたい」
ルークも身を乗り出すみたいにして尋ねる。
「ええ、金色のラプトルですか?」
驚くジャスミンに、レイは少し小さな声で、実家のラプトルから金色の子供が産まれた事。それからシヴァ将軍をはじめとした、ロディナの人達に協力してもらって、子育ての真っ最中な事を話した。
「金色のラプトルなんて、物語の中だけの創作だと思っていました。本当にいるんですね」
身を乗り出すみたいにして目を輝かせるジャスミンに、レイも笑顔で頷く。
「僕も、初めて聞いた時はびっくりしたよ。でも、今のところ元気に育ってくれているみたい」
「是非、見てみたいですわ」
うっとりとそう言うジャスミンを見て、レイは少し考えてマイリーとルークを振り返った。
「えっと、蒼の森って、ジャスミンにも行ってもらうんですか?」
確か秋頃には、カウリには行ってもらう予定だと聞いている。
「ああ、もちろん今すぐと言う訳ではないが、いずれジャスミンやティミー、それからニーカにも行ってもらう予定だよ。竜の主として、エイベル様のお墓へお参りしてご挨拶して来ないとな」
真剣な顔で頷くジャスミンに、マイリーは優しい顔で頷く。いずれジャスミンやティミーにもタキス達を紹介できると知って、嬉しくなるレイだった。
賑やかな昼食会が終わったところで、ひとまず屋敷の中へ案内して少し休憩した後は順番に屋敷内の部屋を案内して回った。
もちろん、案内や詳しい説明は主にアルベルトがしてくれる。
「ほう、確かにこれだけ本が揃うと壮観だな」
書斎の本棚を見て感心したように言ったマイリーの言葉に、竜騎士達も揃って頷く。
空っぽだった本棚は、ぎっしりと皆から贈られた本で埋め尽くされていた。
レイは満面の笑みで本をもらったお礼を言い、目を輝かせて本棚を見上げていた。
「実は、ティミーから話を聞いて、少しですが持参させていただきました」
その時、ヴィッセラート伯爵夫人がにっこりと笑って進み出て執事に合図を送った。
「屋敷の書斎は夫が残した建築関係の本が多かったのですが、代々の先祖が遺した特に古い本を集めた第二書斎を調べさせた所、精霊魔法関係の古い書物が何冊も見つかりました。ガンディ様にお願いして確認していただき、少しですがこちらへ贈らせて頂く事にいたしました。将来、ティミーがもしも勉強するのに必要であれば、どうかその時は、彼にも見せてやってくださいませ」
執事が持ってきた木箱の中には、確かにとても古そうな書物が何冊も入っている。
「よろしいのですか? 僕は嬉しいですが、これはティミーの為に置いておいた方が良いかと思いますが」
木箱の中を見て、驚いてヴィッセラート夫人を見る。
「もちろん、ティミーの為の本は残してありますわ。これはガンディ様が選んでくださいました。レイルズ様が今研究なさっておられる、精霊魔法の合成に関係すると思われる書物なのだそうです」
ティミーと顔を見合わせたレイは、満面の笑みで大きく頷いた。
「ありがとうございます。大切に読ませていただきます」
一番上にあった一冊をそっと両手で持って、捧げるようにして頭を下げた。
「喜んでいただけて良かったですわ」
にっこり笑ったヴィッセラート夫人にもう一度一礼した後、手にした本を見て目を見開く。
「ああ、ガンディが言ってたインフィニタスの著書! うわあ、読みたい!」
それを聞いた瞬間、マイリーとルーク、それからカウリとヴィゴが揃ってものすごい勢いでこっちを振り返った。
「よし決めた。近々ここで本読みの会を開催しよう」
真顔で宣言したルークの言葉に、書斎は笑いに包まれたのだった。




