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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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128/2493

朝市

話中に出てくる貨幣の設定です。

何となくそれ位だと思ってくだされば良いかと思ってます。

鉛貨、十円

鉄貨、百円

銅貨、千円

銀貨、一万円

相変わらず、お小遣い渡し過ぎのニコスさん。

 翌朝、シルフ達に起こされたレイは、部屋を見回したまま固まってしまった。

 何しろ昨日の夜、出掛けた途中からの記憶が全く無い。しかし、ちゃんと寝巻きに着替えているし、見覚えのある宿屋の部屋だ。


『おはようおはよう』

『起きて起きて』

『朝市だよ朝市だよ』

 嬉しそうに周りを飛び回るシルフ達を呆然と見ていると、洗面所からニコスが出てきた。

「お、おはよう。ようやくのお目覚めだな。今日は朝市に行くから、そろそろ起きてくれよな」

 そう言って、何事も無かったかのように着替えるニコスを呆然と見て、恐る恐るレイは聞いてみた。

「おはようございます……えっと、あの、昨日の夜……」

 振り返ったニコスは、笑いを堪えながら服を着た。

「小さくなっててくれて助かったよ。あの大きな体で寝られたら、どうにも出来なくて、道に放り出して帰って来てたところだったぞ」

「うわあ! ごめんなさい!」

 その言葉で、何があったか分かってしまった。

「寝てる子供の着替えなんて何年振りだったかな。懐かしい事をさせて貰ったよ」

 レイの分の着替えを持って側へ来たニコスは、しゃがんでレイと目線を合わせて、確認するように額に手を当てた。

「別にどこも具合は悪く無いよな? 昨夜……と言うか、明け方に、少し咳が出てたぞ。大丈夫か?」

「え?大丈夫だよ。特に喉も痛く無いし、咳も無いよ」

 驚いてそう言うと、ニコスは安心したようにレイのもつれた髪を梳かしてくれた。

「昨日、冷えたのかな? 体が暖まると咳が出やすくなるからな。のど飴は持って来てるんだろ?」

「うん、タキスに瓶いっぱいに入れて貰って来たよ」

 レイも起きて着替えながら、ベルトに取り付けた小さな鞄から、瓶を取り出して見せた。

 コルクの蓋がされた分厚い硝子の瓶は、ギードの手作りだ。

「痛かったら早めに舐めておくようにな。もし、具合が悪くなるようなら、絶対に遠慮せず早めに言う事」

「大丈夫だって。でもね、昨日思ったんだけど……」

「どうした?」

 言いにくそうにするレイに、ニコスが心配そうに覗き込んだ。

「あのね、この体、小さくなったでしょ。その、体力が……鍛える前ぐらいしか無い気がする。力が全然出無いし、ちょっと動いたらすぐに疲れるんだよ」

「ははあ、確かに身体も細くなってるから、それはあるかもな。それなら、弱くなってる訳だから気を付けてな。今までより慎重に動くように」

 立ち上がったニコスを見上げて、レイは悔しそうに頷いた。


 身支度を整えて居間へ行くと、ちょうどギードも出てきたところだった。

「おはようさん。よく寝たか?」

 笑いを堪えながら尋ねるギードに、レイは素知らぬ顔で挨拶した。

「おはようございます。うん、よく眠れたよ」

 顔を見合わせて、同時に吹き出した。

「えっと、実は、途中から全然覚えてないの。何か色々お世話かけました」

「よいよい。昨夜はまあ、ちょっとはしゃぎ過ぎたかもな。しかし、お主……その身体になって、明らかに体力が無くなっておるんではないか?」

「今その話をしてたんですよ、やっぱりそうみたいですね。本人も自覚があるみたいですよ」

 代わりに答えたニコスを見て、ギードも唸り声を上げた。

「やはりそうか。それなら体力の配分は慎重にな。疲れたと思ったら、早めに言うように。良いな」

 頷くレイを見て、二人は笑った。

「それでは、飯を食ったらそのまま出掛けるぞ。夕方まで戻らん予定だから、ここに忘れ物は無いようにな」

「あ、そうそう。レイ、今日と明日の分のお小遣いを渡しておきます」

 ニコスが取り出した小さな巾着を見て、レイは首を振った。

「まだ、この前貰ったのが、殆どそのまま残ってるよ」

「でも、これはあなたの分ですから持ってなさい」

 そう言って、レイのベルトに付けた鞄に、その巾着を入れてくれた。

「えっと、今回のお小遣いは幾らなの?」

 思わず上目遣いにニコスを見上げてしまった。

「銅貨が四十枚入ってますからね」

「無理! そんなに貰えないよ!」

 その後何度かの押し問答の末、今回のお小遣いは、銅貨二十枚で決着を見たのだった。

「二日分なのに……じゃあ、足りなかったら言ってくださいね」

 残念そうなニコスにレイは無言で何度も頷くと、もうこの話は終わり、とばかりに、ニコスの背中を押して部屋を出て行った。


「おはようございます。どうぞごゆっくり」

 食堂へ降りた一行は、お皿を持ったクルトに案内されて、窓際の席についた。

「さて、それでは取りに行くとしようか。おお、相変わらずすごい人だな」

 ギードがお皿を手に立ち上がった。

 ここの名物である、自分で好きに取れる朝食は、相変わらず大人気のようだ。レイも自分のお皿を持ってついて行った。

 しかし、人が多過ぎて料理に近づけない。なんとか側まで行っても、取り分けるフォークやスプーンを手に取る事が出来ないのだ。

 どんどんはじき出されてしまい、気がついたら完全に列の外に出てしまっていた。

「ええ、どうしよう……」

 テーブルへ戻ったギードが、空の皿を持つレイを見て驚いたように側に来た。

「どうした?好きなものを取って参れ」

 ちょっと泣きそうになりながら、人が多すぎて料理に近寄れなかった事を報告した。

 確かに、今のレイの身長と体格では、あの人混みに完全に飲まれてしまうのだろう。

「そうか、それならこうしましょう」

 ギードが笑って、レイを肩に担ぎ上げた。

「ほれ、取ってやるから、好きなものを言いなされ」

 肩車されて完全に人混みから抜け出たレイは、ご機嫌で、あれこれとギードに頼んで取って貰った。

「ありがとうギード、食いっぱぐれたらどうしようかって思ってたの」

 山盛りのお皿を持って席に着き、皆で精霊王へのお祈りをしてから食べ始めた。


 食後のお茶までしっかりといただき、大満足の三人は、バルナルに声を掛けてから、ポリーを連れて買い物に出かけた。

「しかし、いつも以上の人出だな。レイ、ポリーに乗らなくて大丈夫か?」

 手綱を持ったニコスに心配そうに言われて、レイは首を振った。

「ポリーの側にいたら大丈夫だよ。ほら、ここは空間が出来てる」

 確かに、皆、何となくラプトルの側には近寄りたく無いらしく、ポリーの周りには少し空間が出来ている。

「成る程な。じゃあポリー、レイの事よろしく頼むよ」

 ニコスがそう言うと、ポリーは返事をするように小さな音で喉を鳴らした。

 ポリーの鞍のベルトを軽く握りながらついて行き、ニコスが野菜や果物を買う度に、籠に積むのを手伝った。

「あ、この前買った飴屋さんだ!」

 ニコスに声を掛けて、レイはお店の前に立ち止まった。

「いらっしゃい、もしかして秋頃に瓶詰めを買ってくれた子かな?」

 女主人はレイの事を覚えていてくれた。

「はいそうです。すごく美味しかったよ。みんなで全部食べちゃいました。また貰ってもいいですか」

「嬉しい事を言ってくれるね。また瓶詰めにするかい? それなら今回は、一回り大きな瓶もあるよ」

 彼女が差し出した瓶は、前回買ったものよりも大きな瓶だ。

「じゃあそれにします。えっと……あ、全部の種類を混ぜてください!」

 笑って頷いた女主人が飴を入れている間に、レイは瓶に立てた棒付きの飴に視線が釘付けになっていた。

 小さな棒がついたその飴は、様々な立体の花の形になっていてとても綺麗だ。大きなものは一本売り、小さなのは三本と五本のセットになっているようだった。

「大きな瓶が鉄火七枚、棒付きは……ええ! 大きなのは銅貨一枚! 三本組が鉄貨九枚!五本組が銅貨一枚と鉄貨三枚……あれ? 五本組だけ値段が違う……?」

 値段を書いた看板を見て呟くレイに、女主人は感心したように笑った。

「へえ、その子は文字が読めるだけじゃなくて、計算まで出来るのかい、すごいね。そうだよ、五本組のは少しだけ安くなってるんだよ」

 それを聞いて思わずニコスを振り返った。目を輝かせるレイを見て、ニコスは笑いながら頷いた。

「言ったでしょ、欲しいものがあれば自分のお小遣いで買いなさいって」

 それを聞いたレイは嬉しそうに頷く、振り返って満面の笑みで女主人に言った。

「じゃあ、この五本組のも一緒にお願いします」

「はい、毎度あり。それじゃあ、合計で銅貨二枚だよ」

 布の袋に入れて貰った瓶詰めと棒付きの飴を受け取り、レイはリュックの中にそれを入れた。

「棒付きの飴は、しばらくは大丈夫だけど湿気に弱いからね。コップなどに立てておいて、早めに食べるようにしておくれ」

「分かりました。ありがとう」

「あ、お待ち。ほれ口を開けな」

 割れた飴を口に放り込んで貰って、レイはご機嫌で手を振った。

「良い買い物をしましたね。ウインディーネ、レイの棒付きの飴を湿気ないように守ってくださいね」

 ニコスの声に、レイの背負ったリュックの中に、ウインディーネが飛び込んでいった。


 その後、あちこち見て回り、前回も買った肉屋でソーセージを選んでいるニコスを待っていると、不意に背後から服を引っ張られた。

「え? 何?」

 驚いて振り返ると、そこには小さな女の子が立っていた。今にも泣きそうな顔でレイの服の端を握りしめている。

「えっと、どうしたの?」

「お母さん……お母さん……」

「もしかして、迷子?」

 女の子は声も無く頷くと、涙をぽろぽろとこぼし始めた。

「えっと、どこではぐれたの?」

 頼られているんだと思い、思わずそう言って女の子の手を握ってやった。

「あっちのお花屋さんの前……」

「行ってみよう!」

 え? どこに行くの? と言わんばかりのポリーを、肉屋の店先に置き去りにしたままで、女の子の手を引いてレイは走って行ってしまった。


 人混みを器用にすり抜け花屋さんの前に来たが、それらしい人はいない。人の流れに沿って辺りを見回しながら進み、小さな銅像の前に来た時だった。

「アン! ここにいたのね!」

 一人の女性が駆け寄って来た。

「お母さん!」

 握っていた手を振りほどき、女の子は走って行って、母の胸に飛びついた。

「もう、心配したじゃない。勝手に動き回っちゃ駄目だってあれほど言ったのに」

「お母さん! お母さん!」

 抱きついたまま泣き出した少女をしっかりと抱きしめて、女性はレイに笑いかけた。

「ありがとうねお兄ちゃん、アンを守ってくれて」

「……いえ、良かったね。じゃあアン、もう勝手にお母さんから離れちゃ駄目だよ」

 誤魔化すように笑って手を振ると、女性はもう一度お礼を言って、少女を抱いたまま人混みの中に消えて行った。

「母さん……」

 振り払われた手を呆然と眺めて、気付いた時には、レイの方が泣き出していた。

 涙が止まらない。

 鞄から出した手拭き布で何度も涙を拭い、必死で涙を我慢した。

 ようやく落ち着いた時、レイは重要な事に気が付いた。


「あれ? ここどこ? ニコス……ポリー?」

 周りを見回しても、そこは見覚えのない商店が立ち並ぶ、先ほどとは違う通りだった。

「どうしよう。僕の方が迷子になちゃったよ。えっと、どっちから来たんだっけ?」

 赤い目をしたまま、ふらふらと人混みの中へ出て行ってしまった。

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