お披露目会へ向かうそれぞれ
『間も無く到着〜〜!』
『到着到着』
目の前に集まったシルフ達のご機嫌な笑い声に、出迎えに出たレイも笑顔になる。
今日は早朝はかなり雲が多く曇りだったのだが、今は少し雲の合間に晴れ間も見え始めている。
強く日が照っていない事もあり、いつもほどには外の気温も上がっていないようだ。
「良かった。いくら天幕を張ってくれているとは言え、昼食は外でいただく予定だったから、あんまり暑かったらゆっくり楽しめないものね」
晴れ始めた空を見上げて小さくそう呟く。
『まあ、この数日はずっとこんな感じの天気だよ。もっと晴れた方が良いか?』
肩に座ったブルーのシルフの言葉に、レイは笑って首を振った。
「雨が降らなければ充分だよ。雲ひとつ無いような快晴だと暑くて大変だからね」
『シルフ達とウィンディーネ達は、天幕に涼しい風を送るのだと大張り切りしていたがな』
「へえ、そうなんだね。ありがとう。皆が暑がっていたら涼しい風をお願いね」
周りで手を振るシルフ達にそう言うと、道を見たレイは目を輝かせた。
竜騎士隊の皆が、揃ってラプトルに乗ってこちらへ向かってくるのが見えてきたのだ。
「いやあ、曇りとはいえさすがに暑いですねえ」
シルフに風をもらいながらも、カウリが嫌そうに呟く。
「まあ、雲ひとつ無いような快晴じゃあないだけマシだと思え」
意外に平然としているマイリーの言葉に、カウリは彼を横目で見る。
「そう言えばマイリーって、いつもそれほど暑がってないよなあ。何かコツでもあるんっすか?」
「コツ? 暑くならないコツ? さすがにそれは無理じゃあないか?」
横からルークが混ぜっ返す。
「いや、だってさあ。俺達は揃ってこんなにも汗かいてヒーヒー言ってるのに、マイリーだけ平然としてるだろう? あれは絶対変だって」
「おやおや、変だと断言されたぞ。マイリー」
マイリーの横で並んでラプトルを歩ませていたアルス皇子が、面白そうに彼を横目で見る。
「俺の故郷のクームスのあたりは、オルダム同様に土地が盆地になっていて夏はそりゃ暑かったんだよ。だからなのかなあ。あまり汗をかかないし、暑さは割と平気なんだよ。その代わりに寒いのは苦手だなあ」
苦笑いしたマイリーの言葉に、横で聞いていたタドラとティミーが感心したように頷いている。
しかし、これは実は表向きの嘘で、紫根草の中毒になって残った唯一の後遺症が、汗を殆どかかなくなったという事だ。
それだけなら別にいいと思うかもしれないが、暑い時に汗をかくのにはちゃんとした理由がある。体の表面の水分が蒸発する際、気化熱と言って温度が下がる効果があるのだ。
なので、暑くて汗をかくとその汗が乾く際に熱を持っていってくれるので、結果として体温が下がるのだ。
だがマイリーは殆ど汗をかかない。これでは気温が高いと体温が異常に上がってしまい、結果として身体は高熱を出したのと同じ状態になる。
なので、平静を装っているが、実はシルフ達とウィンディーネ達に頼んで、体を定期的に冷やしてもらっている。
これは、マイリーがやっているのではなく彼の伴侶の竜であるアメジストが精霊達を数多く寄越してくれていて、気温が高い間中、ずっと彼の体温を常に確認して微調整してくれているのだ。
その事を知っているのはアルス皇子とヴィゴ、それからルークの三人だけだ。まだカウリはその事を知らない。なんとなく話す機会を逸しているだけなのだが、結局そのままになっている。
何か言いたげなアルス皇子だったが、マイリーが小さく笑って首を振るのを見て黙って前を向いた。
ロベリオと奥方のフェリシア様。それからユージンと婚約者のサスキア様は彼らのすぐ後ろを進むそれぞれ二頭立てのラプトルが引く馬車に乗っている。
彼らがそんな話をしているとは知らず、女性二人は時折窓からこっそり顔を出して、周囲の建物を見て今どの辺りなのかを馬車の中で話したりしていた。
その少し離れた後ろを進む大きなラプトルが引く二頭立の馬車に乗っているのは、ヴィゴの一家だ。
クローディアとアミディアは、馬車に乗った直後から大はしゃぎして何度もイデア夫人に嗜められていた。
今日はタドラも一緒だ。
もちろん、結婚するのはまだまだ先で具体的な話を決めているわけではないが、彼と一緒にいられると聞いて以来、すっかり他のことが上の空になっているクローディアだった。
今日はラプトルには乗らずに一緒に馬車に乗っているヴィゴは、そんな彼女の様子を見て、これで良かったのだと確信して幸せな気分になるのと同時に、大切な自分の一部を持っていかれてしまったかのような、なんとも言えない悲しいような悔しいような複雑な心境になっているのだった。
イデア夫人は、そんなヴィゴを横目で見ては小さな笑いをこぼしかけては必死になって我慢していたのだった。
神殿から、レイが寄越した迎えの馬車に乗り込んだジャスミンは、一緒に乗っているロッシェ僧侶とターシャ夫人を見て笑顔になる。
「今日は竜騎士隊の皆様がお揃いなのよね。ロベリオ様の奥様のフェリシア様とユージン様の婚約者のサスキア様もお越しになるって聞いているから、少しはお話が聞けるといいなあ。オルベラートってどんな所なのか聞いてみたいんです」
胸元で両手を握ってそう呟く彼女を見て、ターシャ夫人も笑顔になる。
「非常に優秀なお方だと聞いていますからね。きっと有意義なお話が聞けるでしょう。失礼の無いように」
「はい、もちろんです」
背筋を伸ばす彼女を見たターシャ夫人は、満足気に頷いてそっと外を覗いた。
ちょうど彼女達の乗った馬車も、竜騎士隊の到着に時間を合わせるようにゆっくりと円形交差点を曲がって、瑠璃の館へと続く道を進んで行ったのだった。




