瑠璃の館と広い庭
「それでは参りましょう」
「はい、よろしくねラスティ」
照れたようなレイの言葉に、ラスティも笑顔になる。
朝練を終えてしっかりと朝食を平らげたレイは、身支度を整えてラスティや護衛のキルート達と一緒に一の郭にある瑠璃の館へ向かった。
お天気が良いのでラプトルに乗って向かったのだが、途中ですでに強い日差しに辟易しているレイだった。
「暑い……」
流れる汗を拭いながら文句を言う。
『おやおや、気候に文句を言ってもどうにもなるまい?』
からかうようなブルーのシルフの言葉に、レイはもう一度汗を拭ってから首を振った。
「そんなの分かってるよ。これは単なる愚痴。言いたいだけだから言わせてください」
堂々とこれは愚痴だと断言するレイの言葉にラスティや護衛の者達が揃って吹き出す。
「ですがまあ、気持ちは分かりますねえ。確かにこれは文句の一つも言いたくなります」
同じく汗を拭ったキルートの声に、レイは笑って何度も頷いた。
『では、少しだけ助けてやるとするか』
笑って小さくそう呟いたブルーのシルフが軽く一度だけ手を叩く。
すると何人ものシルフ達が集まって来て、これまた一斉に一度だけ手を叩いた。
「おお、これは素晴らしい」
感動したようなラスティの言葉に、レイも気持ち良さそうに目を閉じて突然吹き寄せた爽やかな風を受け止めている。
「すごいや。ありがとうね」
得意気に胸を張るシルフ達とブルーのシルフに手を振り、ラスティと顔を見合わせて笑い合った。
その後もシルフ達が手を叩く度にレイ達一行に向かってあちこちから優しい風が吹き寄せ、おかげで何とか瑠璃の館まで辿り着くことが出来たのだった。
「おお、暑い中をお疲れ様でした。どうぞ中へ」
門の前まで出てきて出迎えてくれた執事のアルベルトと一緒に中へ入る。
「うわあ、また庭の感じが変わりましたね」
門を入ったところで、庭を見たレイが嬉しそうな声を上げる。
門を入り屋敷へと続く石畳の左右に広がる広い庭は、春に来た時とは違う、しかしこれまた見事な青と白の花で埋め尽くされていた。
「へえ、夏は花が少ないって聞きますが、それでも専門家の手にかかればここまで見事になるんですね。すごいすごい」
屋敷側の屋根がある場所まで来たレイが振り返って嬉しそうにそう言う。
庭の花を見て無邪気に感心するレイの言葉に、ラスティも頷いている。
「この屋敷は庭が広いですから手入れは大変でしょうが、これだけ見事に色を揃えると本当に見応えがありますね」
「あれ? ヴィゴのお屋敷も見事な庭があったよね。貴族のお屋敷って、皆そんな風じゃないの?」
不思議そうにしているレイに、苦笑いしたラスティは首を振る。
「ここ、一の郭は場所が有限ですからね。もう新しい屋敷を建てる場所はほとんどありません。もちろん建て直しをする場合もありますから、新しい屋敷もないわけではありませんがほとんどはそのまま修繕して使っていますね。山側に敷地を広げてはいますが、古い屋敷に比べればどうしても敷地は狭くなりがちですね」
ラスティの説明に納得したように頷く。
確かに、見習いとして紹介された後にあちこちの屋敷に挨拶して回ったが、庭がこんなに広かったのは両公爵の屋敷の他は数えるくらいだったのを思い出した。
「あれ、じゃあどうしてここはこんなに庭が広いの?」
無邪気なレイの疑問に答えてくれたのは、執事のアルベルトだった。
「ここを建てられたルーディア伯爵閣下とその奥方は、自らも花を育て、四季の花々を愛するお方であったと聞いております。そのためこの屋敷を建てる際に、真っ先に庭をどうするか考え、それから残った場所に合わせて屋敷を設計したと聞いております」
その説明に一緒に聞いていたラスティも笑う。
「その話は初めて聞きました。なるほど、これだけの敷地のわりに屋敷が小さいのは庭を優先したからなんですね」
「ええ、これで小さいの!」
まさかのラスティの言葉に目を見開いて屋敷を見上げる。
ブルーの鱗そのままのような、濃淡のある青い鱗状のタイルで埋め尽くされた瑠璃の館は、レイの感覚ではとんでもなく大きいと思う。
「そうですね。普通であれば西側に、この東側の塔と対になるようにもう一つ塔を建てるでしょうね」
そう言って、とんがった屋根がある東側の塔を指差してから反対側の三階建ての横を指差した。
しかし、この屋敷ではそこに塔は無く、代わりに広い庭になっていて綺麗な芝生が広がっている。奥には小さな石造りの四阿が建てられていて、そこから睡蓮が咲く池を眺める事が出来る様になっている。今はその庭に、真っ白な水鳥が何羽か並んで悠々と泳いでいる。
「そうですね。確かに言われてみればその通りだ」
キルートまでがそんな事を言って頷いている。
「でも僕にはこれでも大き過ぎるくらいです。だけど、僕も花や緑は大好きだから、庭が広くて嬉しいです」
無邪気なその言葉にアルベルトも嬉しそうにしている。
「裏庭に植えた栗の木もかなりの実をつけていますから、今年は収穫した栗をお届け出来るかと思っております」
「ええ、栗の木があるの!」
目を輝かせるレイにアルベルトが笑顔になる。
「はい、この屋敷をレイルズ様が陛下から賜った年に、栗がお好きと聞き裏庭に栗の木を植えました。オルベラート産の大きな実がなる種類なのだとか」
「へえ、それはすごいです」
「ですが、植えた当初はやはり木が弱っていたようでなかなか結実してくれず、庭師は苦労していました。ようやくしっかり根付いてくれたらしく、今年は去年とは打って変わって鈴なりの実をつけております」
「栗の実が熟すのはもう少し先だね。じゃあ届くのを楽しみにしています」
嬉しそうなレイの言葉に、アルベルトも笑顔で頷くのだった。




