素敵な花の鳥達
生地屋をいくつか周り、買った品物の宿への配達を頼んだレイとニコスは、花の鳥を見るために、新市街の端にあるのに中央広場と名のついた特設会場へ向かっていた。
「沢山、投票券が貰えたよ」
買った際だけでなく、子供がいると気付いた店員から追加でこっそり投票券を貰えたりもして、レイはご機嫌だ。
「買い物する度に貰えたから、今日だけでもかなりの枚数になったな」
ポリーの手綱を引きながら笑うニコスの手にも、何枚もの投票券がある。
「それにしても、すごい人出だな……レイ、危ないからポリーに乗ってろ」
確かに、低くなってしまった今のレイの身長では、全く前が見えず、ニコスの手にしがみついている状態だった。
そっと道の端へ移動して、レイを抱き上げて鞍に乗せてやる。
「あ、すごい! 前が見えるや」
ポリーの上で、レイは嬉しそうだ。
「あ! 見えて来たよ! うわあ、凄い凄い!」
はしゃぐレイを見て、周りの大人達が笑っている。
レイは、目の前の景色に夢中で、周りの事など全く気付く様子もない。
「おお、確かに凄い、これは一見の価値ありだな」
ようやく見えるようになったニコスも、思わず足を止めて呟いた。
特設会場入り口付近は、いくつもの屋台が立ち並び、その奥の広場の端をぐるっと取り囲む様に大小様々な花の鳥が並んでいる。
それぞれの周りには背の低い柵が建てられていて、直接花の鳥には触れないが、前後左右何処からでも見る事が出来る様になっている。
「うわあ凄い、見て! あの花の鳥動いてるよ!」
レイが指差す花の鳥は、少し翼を広げた形をしていて、やや長い首が、どういう仕掛けか、ゆっくりと右に左に揺れ動いている。
「凄いなこれ、どういう仕掛けになってるんだ。って言うか、こんな凄いからくり、一体誰が作ってるんだ?」
ニコスがそう言って、出展者の名前の入った看板を確認し、堪える間も無く吹き出した。
「え? 何? どうしたの?」
驚いたレイも、騎上から看板を覗き込んだ。
「ドワーフギルド非公認からくり大好きの会」
思わず声に出して読んでしまった。しかも、会員の名前の先頭にはバルテンの名前がある。
「ギ、ギルドマスターが、一体何やってるんだよ……」
ニコスはまだ笑っている。
「これは、見た以上投票しない訳にはいかないな」
顔を見合わせて笑い合い。動く鳥は投票の第一候補に決定した。
他にも、大きく翼を広げた今にも飛び立ちそうな形の花の鳥や、親子で仲良く寄り添う姿など、どれも素晴らしい出来栄えだった。
「ねえ、あっちには人形が沢山並んでるよ。あ!凄い、お花の服になってる!」
騎上からレイが指差した方には、花人形の行列の時に着ていた服が人形に着せられて展示されていた。
「これも凄いな、しかしこれはちょっと、花が可哀想だな。ぎゅうぎゅう詰めだ」
「うん、花の鳥は花を活かしてる感じがするけど、こっちはなんて言うか……」
「花を飾ってるんじゃ無くて、花を纏ってるってとこかな。これは人によって好みが分かれそうだな」
「そうだね。でも、これを着て行列してたら、絶対見ちゃうと思うな」
のんびりとそんな話をしながら、順に飾っている花人形も見て回った。
「さて、そろそろ宿へ戻るか。どうする?投票券は最後にまとめるか?それとも、今ある分だけ投票するか?」
「えっと、どっちが良いんだろう?」
思わず聞き返すと、近くにいた女性が、振り返って教えてくれた。
「毎日集計を取ってるからね。持ってるなら、出来れば投票してくれた方が良いよ。ほら、あそこに毎日結果が公開されるからね。それを見て、参加者も見物人も皆、一喜一憂するのさ」
「そうなの?」
「そうだぞ。持ってるなら、早いとこ好きなのに投票してやれ」
隣にいた男性も、笑ってレイの手元を指差した。
「えっと、どうしよう……」
「そんなに投票券持ってるなら、全部同じ所に入れるのも良いし、気に入ったの全部にちょっとずつ投票するのでも良いぞ」
そう言われたレイは頷いて、投票券を先程の首を振るドワーフの作った花の鳥と、寄り添う親子の姿をした花の鳥に入れる事にした。
ニコスが、ポリーの背から抱えて降ろしてくれた。駆け寄って、それぞれの前に作られた投票箱に数を数えて半分ずつ入れた。
「今日の投票完了!」
笑うレイの頭を撫でてやり、もう一度抱き上げてレイをポリーの背に乗せると、二人は特設会場を後にした。
混雑する通りを抜けて、見覚えのある噴水のある広場に出た。
「あれ? ここにも花の鳥があるよ」
レイが指差すそこには、先程の特設会場程では無いが、十分に大きな花の鳥が噴水を囲むように数体飾られていた。
花の鳥の前には、手書きの看板が立ててあり、作った人たちの名前や、店の名前が書いてあった。
「人気投票には参加してないけど、たくさん花の鳥が飾ってあるんだね」
嬉しそうなレイの声に、噴水に座っていた老人が振り返った。
「そうだぞ。この祭りは、女神オフィーリアの愛した鳥を作る事に意味があるんじゃ。坊やも、良ければ一つ作ってみると良い。教会へ行けば、簡単に出来る花の鳥の花飾りの作り方を教えてくれますぞ」
目を輝かせるレイを見て、ニコスがその老人に尋ねる。
「それは素晴らしいですね。明日でもやっていますか?」
「もちろんです。気持ち程度のお布施は必要ですがな」
笑いながら頷く老人に礼を言って、二人は顔を見合わせた。
「明日、一つ予定が出来ましたね」
「帰る前に行っても良いね。それなら、タキスにお土産に出来るよ」
「おお、それは良い考えだ、そうしましょう。明後日なら、ギードもいるでしょうから、誰が一番上手く出来るか競争ですね」
「楽しみだね。花祭り、本当に夢みたいだ……」
花の鳥を見ながら、レイは夢見心地で呟いたのだった。
日が傾いてきて、夕焼けに照らされた街並は、何となく人は多いもののざわめきが少なくなった。
泉の横の花の鳥の周りに、街の人たちが蝋燭を持って次々と家から出て来た。
「ほう、花の鳥に蝋燭を灯すのか」
ニコスがそれを見て思わず呟く。
花の鳥の首筋や胸元、羽根の付け根部分などに小さなランタンが設置してある。中に専用の小さな蝋燭が入っていて、街の人たちの手で火を灯されたランタンは、花の鳥に優しい光の色を添えていた。
「これは見事だ、暗くなったらもっと美しかろう。レイ、宿屋に荷物を置いたら、夜にもう一度見に来よう」
レイはそれを聞いて無言で頷いた。
「お、何だ。まだ宿に行ってなかったのか?」
その時、聞き覚えのある声が聞こえ振り返ると、荷馬車に乗ったギードが手を振っていた。
「あ! ギード。お帰り! もうお話終わったの?」
振り返ったレイが、ポリーの背から手を振ると、ギードは笑って頷いた。
「ええ、ようやく終わりました。ギルドマスター二人は、飲みに行きましたぞ。あいつらと一緒に行ったら、今夜は帰れなくなりそうなので、逃げてまいりました。いやあ、疲れましたな、慣れん事はするもんでは無いな」
確かに、何となく疲れ切っているように見えるのは気のせいでは無いだろう。
「お疲れさん。俺達は、何件かの生地屋で買い物して、特設会場の花の鳥に投票して来た所だよ。どこも凄い人出だったぞ」
「それはそうだろう。商人ギルドのギルドマスターが言っておったが、祭りの期間中の売り上げは、普段の二ヶ月分の売り上げに相当するそうだからな」
「それは凄いな。でもまあ、この人出を見れば納得するよ」
感心したようにニコスが言い、レイをポリーの背から降ろした。
「レイは、ギードの荷馬車に乗せてもらえ。それじゃあ、一旦宿屋へ行こう。腹が減って来たよ」
ポリーに跨りながらニコスがそう言うのを聞き、レイはギードの荷馬車に走った。
「こっちに乗せてもらおうっと」
広くなった荷馬車の後ろに乗り込むと、そこに座った。
「よし、それじゃあ宿屋へ行くとするか」
合図に応えて、トケラはゆっくりと進み始めた。
「あのね、日が暮れたらもう一度見に来ようって言ってたの。ほら、明かりが灯されててとても綺麗でしょ」
明かりの灯された花の鳥を見て嬉しそうに話すレイに、ギードは頷いた。
「成る程、それは良い考えだな。なら、飯を食ったら出掛けてみるか」
応えるギードに、何度も頷いたレイは、通りを見渡した。
どの家の扉や窓にも、幾つもの花飾りが取り付けてあり、街に入った時から感じていたが、辺り中に良い香りが立ち込めている。
「素敵だね。花祭り」
楽しそうに呟くレイの肩や頭の上には、これも楽しそうなシルフ達が何人も座っていた。
「ようやくのお着きだな。日付を間違えとるんじゃ無いかと心配しておったぞ」
日が暮れて、通りに出した机には明かりが灯された食堂兼宿屋の緑の跳ね馬亭は、物凄い人でごった返していた。
出迎えてくれた主人のバルナルは、荷馬車から降りたギードと抱き合うようにして背中を叩き合っている。
「おお、坊やも来たんだね。どうだねブレンウッドの花祭りは」
「すごく綺麗でびっくりしました。お花がたくさんで楽しいです」
満面の笑顔のレイに、バルナルは嬉しそうに笑って抱き上げて荷馬車から降ろしてくれた。
「クルト、荷馬車とラプトルの世話を頼む。用意してある場所にな」
「了解です。あ、ギードさん、皆さんもようこそ。どうぞ、ゆっくりしてくださいね」
ポリーの荷物を下ろすのを手伝い、身軽になったポリーをまず奥へ連れて行った。急いで戻って来て、ギードから荷馬車を受け取ると、厩舎の奥へ乗ったまま連れて行った。
「騎竜の世話は任せてくれ。じゃあ、予定通り二日の宿泊で良いんだな?」
「忙しい時期に無理言ってすまんな」
ギードの言葉に、バルナルは笑った。
「こんな時ぐらい頼ってくれて良いんだって何度も言ってるだろ。お前のための部屋はいつだって空いてるぞ」
豪快に笑ってギードの背中を力一杯叩くと、中から出てきた若い女性を手招きした。
「紹介しておこう。この春、クルトの嫁に来てくれたフィリスだ、あいつには勿体無いくらいの良い子だぞ。フィリス、このドワーフがギード、俺の冒険者時代の仲間だ。大体、年に二回ほど来るから、覚えておいてくれ。そっちの竜人がニコス、子供の方がレイだ」
「フィリスです。まだ慣れない事ばかりで、失礼があるかもしれませんが、どうぞよろしくお願い致します。何かお気付きの事などありましたら、何でも仰って下さい」
「おお、これはおめでとうございます。ギードです、どうかよろしくお願いいたします。宿屋は大変な事も多いでしょう、無理せずゆっくり覚えてくだされ」
「ニコスです、ご結婚おめでとうございます。二日間お世話をかけますが、よろしくお願いします」
「レイです。よろしくお願いします。えっと。ご結婚おめでとうございます」
口々にそう言われた彼女は。まさに花も綻ぶような笑顔になった。
「じゃあ、案内して来るからここを頼むよ」
「分かりました」
バルナルから台帳を受け取ると、フィリスは入り口横の受付に立った。
「まだ数ヶ月なのに、ほとんどの常連の顔を覚えてしまったぞ。良い嫁が来てくれたもんだ」
「義理の親バカがここにもいたぞ」
ギードの呟きに、二人はこっそり吹き出したのだった。
前回と同じ部屋に案内された後、食堂で夕食を食べた。
柔らかく煮込まれた骨つき肉は絶品で、三人とも無言で黙々と平らげたのだった。
「それじゃあ、夜の花の鳥を見に行くか。ポリーは連れて行かなくてもよかろう」
食後のお茶を飲み干すと、ギードが立ち上がってそう言った。レイも最後のお茶を飲んでから立ち上がった。
昼間の蒸し暑さはなりを潜め、やや肌寒く感じるくらいの中を、三人はゆっくり歩いてあちこち見て回った。
明かりの灯された花の鳥は、まるで生きているかのように美しかったし、街角や家々の窓や扉に飾られた花も、とても美しかった。
「昼に見るのと、また違って見えるな」
「本当だな、揺れ動く蝋燭の灯りに照らされると、花の鳥もまるで生きておるようじゃ」
感心しきりの二人をよそに、レイはすっかりはしゃいでしまい疲れ切っていた。大きなあくびをしたレイを見て、二人は肩をすくめた。
「それじゃあ宿へ戻るか。朝も早かったしな」
「レイ、帰りますよ」
ニコスに声を掛けられて、レイは返事をしようとしたが、また大きなあくびが出た。眠い、とにかく眠くてたまらない。
「ほれ、こうすれば良かろう」
笑ったギードが軽々と抱き上げて、しっかり胸にもたれさせるように抱くとレイの背中を軽く叩いた。
「寝ておっても良いですぞ。ちょっとはしゃぎ過ぎましたな」
「子供じゃない……ちゃんと、歩ける……」
一定のリズムで軽く背中を叩かれて、あっという間にレイは眠りの国へ行ってしまった。
「まだまだ子供じゃな。しかし、小さくなったもんじゃな」
「不思議ですよね。タキスの技は本当にすごい」
抱かれたまま無防備に眠るその姿を見て、二人はなんとも言えない愛おしい気持ちでいっぱいになった。
顔を見合わせて二人とも同じ気持ちである事に気付き、照れたように笑いながら歩く二人の頭の上には、満足そうなシルフが座っていた。




