祝福の悪戯
「すごいすごい! 僕、あんなダンスは初めて見ました!」
手を叩きながらそう言って目を輝かせるレイに、ルークとユージンがにんまりと笑う。
「オルベラートで流行しているダンスらしいから、今後はお付き合いで踊る機会が増えるかもしれないからなあ」
「レイルズ君にもこういった変わったダンスも覚えてもらわないとな。じゃあ後日改めて特訓してあげよう」
「あはは、苦労する自分が見える気がしますので、お手柔らかにお願いします〜」
笑いながらそう答えるレイに、レイがダンスの練習で散々苦労していたのを知っている竜騎士隊の皆も、揃って笑っていた。
「あれ? それにしても、さっきのヴィゴが言ってた意味があるって、何の事だったんですか?」
初めて見るダンスがとても楽しくてすっかり忘れていたが、さっきのヴィゴの言葉の意味がやっぱり分からない。
首を傾げるレイに、苦笑いしたヴィゴとカウリが舞台を指差して教えてくれた。
「ああ、あれは新婚夫婦が同年代の友人達にする、祝福の悪戯って言ってな。それをする事で相手の不幸を祓い、自分の幸せや祝福をお裾分けするって意味があるんだよ」
「ただし、いくつか暗黙の決まり事があって、物的な被害が出るような、何かが壊れたり使えなくなるような悪戯は絶対に駄目。もちろん相手に怪我をさせたり痛みを伴うような悪戯も駄目だ」
「悪戯と言っても、笑えるような事をするんだ。当然だがやり過ぎも駄目だぞ」
「だから、さっきみたいに、急に何かをやって相手を驚かせたりするわけさ。分かったか?」
ルークとユージンまでが、ヴィゴとカウリの言葉に続いて詳しく教えてくれる。
マイリーは苦笑いしながら黙って横で聞いている。
「へえ、そっか。見ていた人達は、それが分かっていたからロベリオ達が舞台に上がっても誰もそれを言わなかったんだね。ああ、それなら僕もちょっとだけど幸せのお裾分けをもらった事になるね。なんだか嬉しいや」
そう呟いて笑顔になっていたレイが、急に黙ってカウリを振り返った。
「あれ、じゃあカウリは? 何かやらなかったの?」
特に何かされた覚えは無いし、結婚式の後に何かしていた様子も無かったと思う。
「ああ、あれはあくまでも貴族の間での習慣だからな。俺は不参加だよ。一応式の前にチェルシーにも聞いてみたけど、別に無理してやらなくていいって言われたから、俺の時には特には何もしていないよ」
苦笑いするカウリに、ヴィゴも笑って頷いている。
「へえ、そうなんだね。これは貴族の人達の間の習慣なんだ。じゃあ僕にも関係無いね」
無邪気なレイの言葉に、皆は何か言いたげだったが密かに顔を見合わせて小さく首を振って何も言わなかった。
舞台では、また別の青年達が何人も出て来て伴奏無しで見事な合唱を響かせている。
今回は舞台への乱入は無いらしく、ロベリオとフェリシア様は二人揃って舞台の前に戻って来て大人しく舞台を見ている。
しかし、最初の一曲目が終わった途端にフェリシア様がまたしてもこっそり手にしていたカスタネットを叩き始めた。
それが始まると同時に、舞台袖から何人もの若者達が乱入してきていきなり歌い始めた。
しかも歌っている曲は先ほどまで舞台にいた彼らが歌っていたのと同じ曲で、だがその曲調は全く違っていた。
最初に舞台にいた彼らが歌っていたのは、見事な声を聞かせるゆったりとした優しい曲調だったのだが、突然始まったそれは、先程のポルカのような早いリズムを刻む妙に明るく楽しげな曲になっていたのだ。
フェリシア様のカスタネットの刻むリズムに合わせて、手を叩いて大喜びしていたロベリオも一緒になってその場で歌い出す。
これにも、広間にいた大勢の人達から笑いと拍手が沸き起こった。
そのまま賑やかな歌は続き、最後は舞台にいた若者達までが一緒になって笑いながらの大合唱になった。
そんな感じで、舞台に上がる人達が次から次へとロベリオとフェリシア様の悪戯に晒されて、広間からは笑いと拍手と手拍子が途切れる事は無いのだった。
レイも大喜びで拍手をしたり、ときには冷やかしの口笛までルークに教えてもらって一緒になって吹いたりもした。
あっという間に時間は過ぎ、ようやく懇親会が終了する時間になった。
すると、大騒ぎしていた皆が、舞台前に集まり始める。
そしてロベリオとフェリシア様が舞台のすぐ前に並んで立つ。
「本日は、我らにお付き合いいただき誠にありがとうございました」
ロベリオが大きな声でそう言い優雅に一礼する。笑顔のフェリシア様もそれに続いた。
大きな拍手が沸き起こり、あちこちから冷やかす口笛が聞こえる。レイもルークに促されて一緒になって何度も口笛を鳴らした。
深々と頭を下げたまま顔を上げないロベリオを置いて、舞台前に集まっていた女性達のうちの一人が進み出てフェリシアの手を通ってそっとロベリオから引き離す。
通常、結婚式やその後の披露宴や懇親会などで、二人を引き離すような事はしない。
しかし女性達は笑いながら連れ出したフェリシアを中心にして、左右にどんどん手を繋いで広がっていく。
そして、ロベリオがゆっくりと顔を上げた途端にそれは起こった。
「いけ〜〜〜!」
誰かが大声で叫んだ途端、ロベリオの周りに若者達が集まる。全員が男性だ。
それを見て、手を繋いだ女性達が歓声を上げながら広がって輪になり、そんな彼らを取り囲んでしまう。
そのまま男性達が歓声を上げながらロベリオに飛びかかり、その場で胴上げを始めた。
賑やかな笑い声と手拍子の中、両手両足を伸ばして広げたロベリオの体が何度も空中に舞う。
シルフ達が大喜びでそんな彼の体を叩くと、ロベリオの体はいきなり空中で止まったかと思うと落下したりする不規則な動きを繰り返し始める。
その様子を見て、周囲に集まってきていた見学者達の間から驚きの声が聞こえる。
下で胴上げをしている若者達からも笑いと驚きの声が上がっていた。
最後に一際高くロベリオの体が放り投げられた後、ようやく胴上げが終わって広間は全員揃っての大きな拍手に包まれたのだった。
『なかなかに賑やかな懇親会だったな』
『ええとても楽しそうでしたね』
ロベリオの竜であるオニキスの使いのシルフが嬉しそうにそう言って何度も頷く。
『其方の主も良き友人達に巡り会えたようだな』
優しく笑ったブルーのシルフの言葉に、オニキスの使いのシルフだけでなく、周りに集まっていたシルフ達も一緒になって嬉しそうに何度も何度も頷いていたのだった。




