祝福のお裾分け
「おおい、巫女様方がお祝いに来てくれたぞ」
カウリも加わって和やかに歓談していた時、軽い咳払いの音とともに笑ったヴィゴの声が聞こえてレイは笑顔で振り返った。
「ああ、二人とも来てくれたんだね!」
駆け寄ってきた二人と笑顔で手を叩き合った後、レイは二人の手を引いてロベリオ達の前へ連れていく。
周りにいた第四部隊の兵士達がさりげなく広がって、巫女達の姿を隠すように周囲を囲んでくれた。
笑顔のクラウディアとニーカはゆっくりと進み出て、ロベリオとフェリシアの前で跪いた。
「おめでとうございます。本日、この善き日に我々のような下々の者にまで参列をお許しくださった、お二人の寛大で優しき御心に、心からの尊敬と感謝と祝福を捧げます」
「おめでとうございます。どうぞ幸せに」
クラウディアの口上に続きニーカも真剣な声でそう言って、二人は揃って両手を握りしめて額に当てて深々と頭を下げた。
「丁寧な言葉をありがとうございます。どうぞ立ってください」
優しいロベリオの声に小さく頷き立ち上がった二人は、それぞれ手に持った聖なる印が刻まれたペンダントを手に持ち、二人の前でそっと祝福の印を切った。
それを見たロベリオだけでなく、その場にいた竜騎士達全員とミスリルの剣を持つマークとキムが、揃って軽く剣を抜いて音を立てて鞘に戻す。
もちろんレイも、皆と一緒にミスリルの剣を抜いて戻した。
鞘に取り付けられたブルーの色のふさ飾りが、その反動でまるで生きているかのようにぴょんと跳ねて元に戻る。
ミスリルの聖なる火花が飛び散り、それを見たシルフ達や光の精霊達が大喜びで集まって来る。
『聖なる印』
『聖なる印』
『巫女様の想いのこもった聖なる印』
『主様の想いのこもった聖なる印』
『綺麗な火花』
『綺麗綺麗』
『ここは良き場所』
『清き場所』
嬉しそうに声を揃えてそう言ったシルフ達は、楽しそうに手を取り合って花嫁の背中に回された繊細なレース編みのベールをそっと風で揺らしてふわりと浮き上がらせた。
「うわあ、綺麗!」
それを見て目を輝かせたニーカの叫ぶ声に、フェリシア様も笑顔になる。
「なんて、なんて綺麗なドレスなのかしら……」
クラウディアは、もう先ほどから目の前の見事なレース編みと華やかな肩掛けの刺繍に目が釘付けのままだ。
「まあ、ありがとうございます。良ければ、どうぞもっと近くで見てくださいな」
笑ったフェリシアが、ニーカにも肩掛けが見えるように少し前屈みになってニーカに顔を寄せる。
「貴女がクロサイトの主様ね」
その際にごく小さな声でニーカに話しかける。
「人が多いこの場で、名乗らぬ無礼をお許しください」
小さく頷いたニーカは、そう言って改めて跪こうとしてフェリシアに止められた。
「ああ、構わないから楽にしていてください」
笑って手を引きニーカを立たせる。
女性にしては背が高いフェリシアは、こうやって向き合うと相当な身長差がある。
「小さな勇者様に、私からも祝福を贈らせてもらうわ」
かがみ込むようにしてニーカと視線を合わせたフェリシアは、手にしていた大きなブーケからそっと大きな一輪の花を抜き取った。
「どうぞ、花嫁の祝福のお裾分けよ」
「まあ、ありがとうございます」
照れたように笑ったニーカが、両手で恭しくその花を受け取る。
「そちらの巫女様もどうぞこちらへ来てくださいな」
少し下がって二人を見ていたクラウディアが、急に話しかけられて慌てたように唾を飲み込む。
「ほら、行っておいで」
背後にいたヴィゴに優しく背中を押されたクラウディアは、遠慮がちに花嫁の前へ進み出る。
「どうぞ、貴女にも花嫁の祝福のお裾分けよ」
同じようにそう言って、また別の大きな花を一輪抜き取ってクラウディアの前に差し出した。
これは、祝福のお裾分けと呼ばれる行為で、結婚式の際に貴族達の間で密かに行われているものだ。
式に使ったブーケは式が終われば花嫁の友人達の誰かに渡されて、次にその人が幸せになれると言われている。
しかし花嫁にゆかりのある貴族ではない下々の者、メイドや学校などでの知り合いなどに花束から一輪だけ抜き取って渡すのだ。これも同じく花嫁の幸せにあやかり花を貰った者も次に幸せになれると言われている。
以前ニーカが花祭りの際に花束を取れなかった人達に花を渡した際には、これを知っていた兵士が、それにあやかって花束から一輪だけもらって彼女に求婚しに行ったのだ。
「どうか彼とお幸せに。私も応援しているからね」
同じく差し出された花を両手で受け取ったクラウディアに、フェリシアが顔を寄せて小さな声でそう告げる。
唐突に耳まで真っ赤になったクラウディアを見たロベリオとカウリが同時に吹き出し、ヴィゴも堪えきれずに遅れて吹き出す。
彼女が何を言われたのか気付いたレイまでが真っ赤になってしまい、周りにいた第四部隊のマークやキムをはじめとする兵士達は大喜びで手を叩いて笑い出し、皆で大笑いになったのだった。
少し離れた木の枝の上では、ブルーのシルフとニコスのシルフ達が並んで座り、その隣にクロサイトの使いのシルフが、その隣の枝には他の竜達の使いのシルフも勢揃いしていて、楽しそうに仲良く笑い合うそれぞれの主達を見つめていたのだった。




