クラウディアとニーカ
「ねえ、これでおかしくないかしら」
三位の巫女の正式な制服を着たニーカが、姿見の前でくるりと回って背中側を確認してからクラウディアを振り返った。
「ええ、大丈夫よ。ねえ私もこれで良いかしら」
そう言いながら、二位の巫女の印である刺繍を施したあの襟飾りをそっと撫でた。
「ああ、待って待って。背中側の襟飾の中心が少し歪んでるわ。はい、これで良いわよ」
少し曲がっていた襟飾りを整えてやったニーカは、嬉しそうに笑ってクラウディアの背中を叩いた。
二人の胸元には、あの見事なルビーが嵌め込まれた短刀が収められている。
「私達まで結婚式に招待してくださるなんて、すごく光栄だし嬉しいけど……本当にいいのかしら? きっと貴族の方々が大勢参加なさるんでしょう?」
不安気なクラウディアの言葉にため息を吐いたニーカも頷く。
「そりゃあそうでしょうよ。カウリ様から聞いたけど、ロベリオ様のご実家も奥様になられる方もご実家は伯爵様なんですって。きっと、オルダム中の貴族が参加しているのではなくて?」
笑ったニーカの言葉に、クラウディアは指に嵌められた公爵家の紋章の入った指輪をそっと撫でた。
「本当なら、公爵閣下と一緒に並んで座れるのにってそう言ってくださったわ。そのお気持ちだけでもう十分よね」
「確かにそうね。でもそんな事をしたら、それはそれで大変だろうね。私は絶対にごめんだわ」
肩を竦めて首を振るニーカの言葉に、クラウディアも困ったように笑ってそれでも同意するように何度も頷いていたのだった。
少し前に、ディレント公爵閣下の使いの執事から、ロベリオ様から正式な招待を受けたので結婚式に参列するようにと伝言を聞いた二人は飛び上がらんばかりに驚き、そして喜んだ。
その際に、本来であれば公爵閣下と並んで座っていただくところだが、彼女達の事を気にしてなんとか近づきになろうとしている他の貴族達と距離を置かせるためにも、参列の際にはあくまでもロベリオの個人的な招待客として、申し訳ないのだが後ろの方の席での参列になると言われたのだ。
当然、公爵閣下の横に座るなんて考えてもいなかった二人は、もちろん後ろの席でお願いしますと血相を変えて訴えて、使いの執事を困らせていた。
女神の神殿の巫女として、神殿で貴族の結婚式がある際には後方のお世話をお手伝いすることは珍しくない二人だったが、まさか自分達がその結婚式に参列する側になるなんて思っても見なくて、実は昨日の夜は二人とも興奮してあまり眠れていないのだった。
「これって、今日は持っていかなくていいのよね?」
「そうね、グレッグ様が、後日改めて本部へ行く際に持って行けばいいって仰ってくださったものね」
ニーカが見ている机の上に置かれたごく薄い色紙で包まれリボンがかけられているそれは、クラウディアとニーカの二人がかりで必死になって仕上げたドイリーと呼ばれる直径30セルテほどの大きさのレース編みの円形の敷物で、二人で協力して編んだロベリオ様へのお祝いの品だ。
これを作るために使ったごく細い真っ白なレース糸は、ディレント公爵閣下が定期的に神殿に収めてくださる良質の糸で、二人はロベリオ様とユージン様のお祝いの品を作りたいのだとお願いして、特別に良い糸を沢山分けてもらったのだ。
実は、カウリのところにも、糸が届くようになってから二人から改めて贈り物をしているのだ。
自分の小遣いなど無いに等しい二人には、カウリの結婚式に招待された際には何もお祝いの品物を贈る事が出来なかった。
そんなの気にするなとカウリは笑ってくれたが、密かに気にしていた二人は、ディレント公爵閣下から糸の寄付が始まった後、綺麗に編んだレースのリボンと刺繍の飾りの付いたお化粧の際に使う綿入れを作って届け、チェルシーに大喜びされたのだ。
ロベリオ様の為のお祝いのレース編みは何とか仕上げる事が出来たので、今は、ユージン様のためのレース編みの仕上げに取り掛かっているところだ。
ロベリオ様のものとは意匠を変えて、こちらも同じくらいの大きさのドイリーに仕上げるつもりだ。
「ディアは凄いわね。これを一人で作れって言われたら、私には絶対に無理だと思うわ」
自分が編んだ、少し編み目の揃っていない部分を見て苦笑いしながらしみじみと呟く。
「ニーカがここへ来たばかりの頃は、レース編みの編み方さえ知らなかったって言っていたじゃない。それなのにわずか数年でここまで出来る様になったんだもの。ニーカは、私なんかよりも遥かに優秀よ。もっと自信を持ってちょうだい」
「ディアの歳になる頃に、これくらいまで編めていたらその言葉を受け入れさせてもらうわ」
小さなため息とともに編みかけのレースをカゴに戻したニーカは、そう言って笑って扉を振り返った。
「そろそろ時間ね。じゃあ行きましょうか」
もう一度改めてお互いの身なりを確認してから、仲良く手を繋いだ二人は、早足に部屋から駆け出して行ったのだった。
机の上に置かれた贈り物の入った包みの周りには、呼びもしないのに集まって来たシルフ達や光の精霊達が、先を争うように包みに手を当ててそっと祝福を贈っていたのだった。
クロサイトの使いのシルフはその精霊達の楽しそうな様子を見て満足そうに頷くと、自分も包みの横に立って、改めて祝福を贈っていたのだった。




