貴族の結婚とは
「よし、これで準備完了だね!」
今朝の朝練は軽くすませ、カウリやタドラ、ティミー達と一緒に食堂で朝食を食べたレイは、部屋に戻ってラスティが用意してくれていた第一級礼装に着替えを済ませたところだ。
「ティミーも式には参列するんだってね」
先ほど食堂で、ティミーも竜騎士見習いの第一級礼装を着て皆と一緒に結婚式に参列するのだと聞き、驚きつつもレイも一緒になって喜んでいたのだ。
ユージンも昨夜から実家である家へ帰っているので、レイはティミーとカウリ、それからタドラと一緒に準備が出来次第神殿へ向かう事になっている。
「式はお昼にするって聞いているのに、どうしてこんなに早く行くのかと思ってたら、式の前に招待客を集めた懇親会があるんだね」
剣帯を締めながら、グラントリーから聞いた貴族の結婚式の説明を思い出しながらそう呟く。
「長男ではありませんが、ロベリオ様のご実家は伯爵家ですからね。しかも歴代の伯爵は元老院の代表を何度も務めたこともある程の家柄です。しかもロベリオ様は現役の竜騎士様ですからね。招待客だけでも相当な数になるでしょうから、懇親会も複数の部屋に分かれて行われるのですよ」
「へえ、そうなんだ。凄いね」
無邪気なレイの言葉に、ラスティは苦笑いしている。
「カウリ様の時は本当にささやかでしたからね。今回はきっと驚く事がたくさんあると思いますから、これも勉強だと思って色々な方とお話ししてみてください」
背中のシワを直してくれたラスティは、優しくそう言ってレイの背中を叩いた。
「はい、これでいいですよ。ではいってらっしゃいませ」
「はい、ではいってまいります!」
直立して敬礼したレイに、一瞬驚いたラスティも直立してお手本のような綺麗な敬礼を返してくれた。
敬礼を解いて部屋を出ようとした時、レイは足を止めてラスティを振り返った。
「いかがなさいましたか?」
驚いたラスティも足を止める。
「カウリの結婚式、すごく華やかだって僕は思っていたんだけど、あれって……ささやかだったの?」
何事かと心配していたラスティは、そのレイの質問に苦笑いしつつ頷いた。
「そうですね。あれはあくまでもお二人のご希望もあり、かなりささやかな式になりましたね。カウリ様は竜騎士見習いではあるが地方貴族の庶子である事。またお相手は軍人とはいえ一般人である事などを鑑みて、あれはあくまで個人としての結婚式、として行われたものだったのですよ」
ラスティの言葉を真剣に聞いていたレイだったが、最後の言葉に首を傾げる。
「結婚式は、結婚する二人が精霊王に結婚する事を報告する為のものなんだから、どう考えても個人的な事でしょう? 個人的じゃない結婚式なんてあるの?」
素直なレイの質問に、ラスティは笑いを堪えて大きく頷く。
「もちろんございますよ。今回は申し上げたようにロベリオ様は長男ではありませんので、結婚なさってご実家に関わることは少ないと思われます。またお相手のフェリシア様も伯爵家の次女ですからこちらも結婚後に実家に深く関わることはまずありません。そのような経緯から、今回の結婚式はどちらかというと現役の竜騎士様の結婚式、という扱いが大きいんですよ」
真剣に話を聞いて頷くレイを見て、ラスティも笑顔で頷く。
「ですが、もしもロベリオ様が伯爵家の長男であった場合、式の扱いは大きく変わりますね」
不思議そうに目を瞬くレイを見てラスティは本棚から一冊の本を持ってきた。
それは、オルダム在住の貴族の名前が全て載ったいわば貴族の名簿だ。
毎年改訂版が発刊され、代替わりをした家や分家した家、亡くなった方、子供が生まれた場合の性別と名前など全て詳しく書かれている。ほぼ全ての貴族の屋敷にあると言っても過言ではない一冊で、書籍の出版を一手に担う国立図書管理局の一番の売り上げを誇る一冊でもあった。
その本をパラパラとめくって見せながら、ラスティは少しだけ詳しい話をする。
「ここに書かれている家同士の結婚の場合、申し上げたように長男かそうでないかで結婚式自体も大きく変わります。つまり、家同士の結婚かそうでないか、ですね」
「家同士の結婚?」
「例えば長男の場合、奥方の家というのもそのご本人の将来に大きく関わる場合があります。ご実家が裕福かそうでないかというのも、大きく関わってきますね。オルダム在住の貴族といえども、全ての家が裕福というわけではありませんから」
苦笑いしたラスティの説明に、レイは昨夜のティミーから聞いた話を思い出していた。
「そっか、奥様のお家が大金持ちで、旦那さんの方が貧乏だったりすると大変って話だね」
「昨日、ティミー様がお話しされていた事ですね」
笑ったラスティの言葉にレイも真剣な顔で頷く。
「まあロベリオ様の場合はどちらのご実家も非常に裕福で大貴族ですからね。そう言った心配は無いでしょうが……まあ、結婚生活はまた別でしょうがね」
笑ったラスティにレイも笑顔になる。
「それ以外では、例えば仲の悪い両家の仲を取り持つために結婚なさる場合などは本当に大変でしょうね」
「ええ、そんな結婚もあるの?」
結婚とは、好きな者同士が新しい家庭を作るためにするものだと思っているレイには、それは衝撃的な話だった。
「そうですね。決して無いとは申しません。まあこの話はかなり複雑ですから、また後日改めて詳しい話をいたしましょう」
廊下でカウリの声が聞こえて、ラスティは詳しい話はまた後日にすることにした。
「そうだね。じゃあまた今度、いろいろ教えてください」
笑顔でそう言ったレイは、ノックの音と共に部屋に顔を出したカウリとティミーに笑顔で手を振り、急いで部屋を出て行ったのだった。




