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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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ロベリオの代わり

 忙しくも楽しい毎日はあっという間に過ぎてゆき、気づけばもう明日はロベリオの結婚式当日だ。



 結婚式前の準備の為にロベリオは実家に帰っているので、その間のティミーの指導はユージンとレイが手分けして担当している。

 とは言っても事務的な手続きやさまざまな根回しなどはレイでは無理なのでそこはユージンが担当してくれて、後でレイにもさまざまな後輩の指導に関係する詳しいやり方を教えてくれたりもした。

 レイの主な役割は、ティミーが精霊魔法訓練所以外の場所へ行く際に一緒に行動する事で、要するに本部内であっても出来るだけティミーを一人にしないようにとの配慮からだった。

 おかげで陣取り盤の攻略についてティミーから教わる時間が出来て、密かに喜んでいるレイだった。




「へえ、それでその後どうなったんですか!」

 休憩室で陣取り盤を挟んで駒を動かしながら、レイはティミーにカウリの結婚式の時の事を詳しく話して聞かせていた。

 そして誓いのキスの時、人前でキスすることをわずかに躊躇ったカウリを見て、チェルシーが下から噛み付くみたいに自分からキスをして、さらに驚いて身を引こうとするカウリの腕をブーケを持ったまま捕まえて確保した話をして大笑いしていたのだった。



「もう、それを見た途端に竜騎士隊の皆は堪えきれずに吹き出してね、会場からも笑いがもれていたよ」

「うわあ、それは最高な奥様ですね。それで、その後どうなったんですか?」

「そりゃあ彼女にそこまでやらせておいて逃げられるわけないでしょう? 当然カウリもチェルシーをしっかり抱きしめてキスを返してたよ。しかもかなり長めのね」

 笑ったレイがそう言ってクッションを力一杯抱きしめると、ティミーはもう大喜びで同じくクッションを抱きしめて大笑いしていた。



「僕は、親戚の方の結婚式で、カウリ様の式の時にパスカルがやったみたいに、始まる前に指示カードって言われるプレートを持って会場に入るのはやったことがありますよ。もう会場中から大注目されるので、正直言って今はもう無理だと思いますね」

「無理ってどうして?」

 不思議そうなレイの言葉に、ティミーが困ったように首を振る。

「あれはそもそも、結婚する当事者の身内、もしくは知り合いの小さい子供が担当するのが結婚式の際のしきたりなんです。だから親戚や知り合いに三歳から四歳程度の子供がいればその子に、いなければそれに一番近い年下の子供が担当するんですよ。よほどのことが無い限り、十歳までの子供って決まっているんです。僕も三歳の時と六歳の時に担当しましたよ」

「へえ、そうなんだね。そんなところにまで細かい決まりがあるんだ」

「カウリ様は、地方貴族の庶子だって噂は聞いたことがありましたが、そうですか。もうお父上は亡くなられていて御縁は切れてしまっているんですね」

 納得するみたいに小さな声でそう呟くティミーを見て、レイは少し考える。



「ねえブルー、カウリから聞いた彼のブレンウッドでのご実家の話って、教えても構わないかなあ?」

 小さな声で、机に座ったブルーのシルフに相談する。

『ああ、それならオニキスの主が詳しい説明をしていたな』

『だがあくまでも血のつながりのある地方貴族の父親は死んでいて縁が切れている』

『そんな話だったな』

『あまり詳しくする必要はないが、其方が知っていることを簡単に話してやるといい』

 笑ったブルーのシルフにそう言われ、更にはニコスのシルフ達までが頷いているのを見て、レイはティミーに以前カウリから聞いた話を簡単にまとめて話した。

 彼が元は地方農家の出身で軍へ志願兵士として入隊したこと。その際に母親から実の父親の話を聞かされて会いに行った事。そして当の父親本人から存在そのものさえも否定されて深く傷ついたことなどを話した。



「そうなんですね。予定外に出来た本妻の子ではない場合でも、男性の場合はほとんどが引き取られますが、きっと何か引き取れないくらいの問題がそのお父上にはあったんでしょうね」

 困ったようなティミーの呟きに、説明していた方のレイが首を傾げる。

「その話を聞いた時からずっと思ってたんだけどさ。そんなに自分の子供を嫌がるってどんな場合が考えられると思う? 僕、色々考えたんだけど、そこだけはさっぱり分からないんだ」

 もう、わずかの期間の付き合いだが、レイの考えがかなり理解出来ているティミーは、予想通りのレイの言葉に笑顔になる。

 それは、妙に優しげで大人びた笑顔だった。



「レイルズ様。そりゃあ色々な場合が考えられますよ。一番可能性として高いのは、奥方ご本人か奥様のご実家が当主である主人よりも身分が高く大きな権力を持っていたり、あるいは主人の家に対して結婚の際に金策面での援助などをしている場合ですね」

「身分が高いのは分かるけど、結婚の際に金策面で援助するってどういう意味?」

 またしても首を傾げるレイに、苦笑いしたティミーが陣取り盤を見た。

「つまり結婚の際、男性側の家はお金に困っていつも金策に走り回っていたりする。これは地方貴族では珍しくは無い事です。特に、領地に大きな特産品や収穫物がない場合はそれはかなり深刻な問題になります」

 そう言って、歩兵の駒を盤の真ん中へ持って来る。

「そこへ、実家が大金持ちの奥様が輿入れしてくる。当然持参金付きでね」

 その隣に、女王の駒を並べさらに隣に馬車の駒と騎馬兵の駒を並べて置く。

 驚きに目を見開くレイに、ティミーが困ったように頷く。

「こうやってみればどちらが強いかなんて一目瞭然ですよね。そうなると当然、家庭内でも当主である主人よりも奥方の力が強くなりますから、主人側にしてみればこれはかなり窮屈に感じられるでしょうね」

 納得するレイにティミーがさらにもう一つ歩兵の駒を女王の反対側に並べた。

「そんな時に、気の合う別の女性が現れたりしたらもう大変!」

 そう言って、新しい歩兵と女王の駒を対決させる。

「ね、これがまさにカウリ様のお母上が置かれた状況です。その間に生まれたのがカウリ様なわけで……正妻からすれば、そりゃあねえ……」

「なるほど。ものすごくよく分かりました」

「分ればよろしい」

 どちらが先輩なのか分からない言葉を言い合った後、二人は顔を見合わせて同時に笑い出した。



「ティミーすごいや。今度から僕、何か分からない事があれば真っ先にティミーに聞くことにするね!」

「駄目ですよレイルズ様。そこはまずはルーク様に聞いてください! 僕だって貴族社会のごく一部だけしか知りませんって!」

 目を輝かせるレイに嬉々としてそんな事を言われたティミーは、焦って顔の前で大きくばつ印を作りながら、何度も駄目だと叫び、二人揃って大笑いになったのだった。

 仲良く笑い合う二人を、それぞれの竜の使いのシルフと勝手に集まってきたシルフ達が、揃って愛おしげにいつまでも見つめていたのだった。

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