自習室にて
「はあ、今日の予習はこんなところかな」
今日は天文学の授業の日なので少し早めに一通りの予習を終えたレイは、ディレント公爵閣下が寄贈してくれた光の精霊魔法に関する新しい本を手に取り、そっと開いて読み始めた。
「ねえレイルズ。悪いんだけどここ、ちょっと教えてください」
ニーカの遠慮がちな声に顔を上げたレイは、読んでいたページに栞を挟んで本を閉じた。
「うん、もちろん構わないよ。どこ?」
「これなんだけど、何度やっても計算が合わないの」
ニーカは他の一般教養の科目はそれなりに優秀らしいのだが、残念ながら数学だけは苦手らしく、いつも教えてと言ってくるのは数学なのだ。
「えっと、これはね……」
小さな声で説明しながら、似たような例題を探して解いて見せる。
その後に彼女に説明しながら二度解かせたところでようやく理解したらしく、笑顔でお礼を言ってまた別の問題を真剣に解き始めた。
「ニーカは頑張り屋さんだね」
しばらくその様子を見ていたがもう大丈夫と思えたので小さく笑ってそう呟き、レイは安心してまた本の続きを読み始めた。
そろそろ昼食の時間になり、時を告げる鐘の音が聞こえて皆が顔を上げる。
その時、小さなノックの音が聞こえて驚いたレイは扉を振り返った。
「ティミー!」
扉の窓から笑顔のティミーが手を振っているのが見えて、慌てて立ち上がったレイは扉に駆け寄り開けた。
「ロベリオ様とユージン様は、ケレス学院長とお食事をしながら部屋でお話されています。僕はせっかくだから食堂に行ってみたくて。そう言ったらレイルズ様と一緒に行っておいでって言ってくださったんです。アルマさんって方がここまで連れて来てくれました」
「そうだったんだね。何かあったのかと思って心配しちゃったよ。えっと、とりあえず入ってよ。皆を紹介するからさ」
「はい、それでは失礼します」
笑顔で入ってきたティミーは、全員が自分を見つめているのに気付いて照れたように笑って深々と一礼した。
「初めまして。竜騎士見習いのティミーレイク・ユーロウです。勉強の為に精霊魔法訓練所に通う事になりました。精霊魔法の事はまだ何も知らないので、どうぞよろしくご指導ください」
改まった挨拶に、レイとジャスミンは顔を見合わせて笑顔になった。
「そんな堅苦しく考えないでいいって、ほらこっちへ来て」
顔を上げたティミーの手を引き、マークとキムの前に連れて行き順番に紹介していった。
マークとキムの二人は今では精霊魔法の合成に関してすっかり有名になっているので、二人を紹介されたティミーはもうずっと尊敬の眼差しで彼らを見つめていて、二人は恥ずかしさのあまり揃って無言で悶絶していたのだった。
ジャスミンを紹介したあとにティミーがジャスミンからの贈り物のお礼を言うのを聞いて、マーク達はひたすら感心していたのだった。
「あれで十三歳だって?」
「いやあ、自分は十三の時の事を思い出したら、ちょっと恥ずかしくて裏庭に穴掘って埋まりたくなるなあ」
「レイルズの時も年齢の割に相当しっかりした子だと思ったけど、あれは本当に桁が違うなあ」
「だよなあ。貴族って凄え」
腕を組んでしみじみとそんな話をする二人を、クラウディアとニーカも揃って驚きの目で見つめていた。
「えっと、それから彼女がクラウディアだよ。女神の神殿の二位の巫女様で……僕の彼女です」
最後はごく小さな声だったが、それを聞いたティミーは満面の笑みになり、同じく声が聞こえたクラウディアは唐突に耳まで真っ赤になるのだった。
「初めまして、女神の巫女様。お会いできて光栄です」
「こ、こちらこそ、お会い出来て、光栄で、す」
そっと手を取りそう言われて、なんとか答えたもののもうクラウディアはこれ以上無いくらいに、見えるところは全部真っ赤になっていた。
それを見ていたマークとキムとニーカ、それからジャスミンの四人は、それぞれ必死になって吹き出しそうになるのを堪えていたのだった。
「えっと。最後は彼女だね。ニーカだよ。女神の神殿の三位の巫女で、クロサイトの主だよ」
「初めまして、ニーカ。お会いできて光栄です」
同じく手を取ってそう言われて、ニーカは嬉しそうに笑顔になる。
「なんだか貴族のお嬢さんになったみたいで良い気分ね。よろしくティミー、貴方の竜ってあの綺麗な水色の竜のターコイズなんでしょう。すっごく大きくて驚いたわ」
「ニーカの竜は、とても小さくてびっくりしたよ」
ティミーの言葉に二人は顔を見合わせて楽しそうに笑いあった。
「あれあれ、これまたいい雰囲気じゃね?」
笑ったキムのごく小さな呟きにマークもにんまりと笑って頷く。
「確かに、年齢的にもお似合いだよな」
「だよな。それよりマーク君よ」
唐突に名前を呼ばれて、不思議そうにマークはキムを見た。
「なんだよ」
「お前の場所はここじゃ無いだろうが!」
力一杯背中を叩いたキムは、そのまま肩を押さえてマークをジャスミンの隣に連れて行った。
「さてと、それじゃあ食事に行こうぜ。いつまでもここにいたら食事をする時間が無くなっちまう」
そう言って開けっ放しになっていた扉から出て行くキムを見て、ティミーはニーカと手を繋いで小走りにキムの後を追って廊下へ駆け出して行った。
笑ったレイも、クラウディアと一緒にその後を追う。
置いて行かれたジャスミンとマークは、無言でお互いの顔を見るなり唐突に揃って真っ赤になり、同時に二人揃って顔を覆ってその場に座り込んだ。
「あいつ! いきなり何しやがる!」
小さく呟いたマークだったが、指の隙間からこっそりとジャスミンの様子を伺う。
そしてジャスミンも同じように指の隙間から自分を見ているのに気付き、ひとしきり無言で慌てた後、大きく深呼吸をしてから立ち上がった。
「ええと、それじゃあとにかく食事に行こうよ。ほら立って」
差し出された手を、まだ真っ赤なままのジャスミンが取って立ち上がる。
「ごめんなさい。ちょっとだけ、ちょっとだけ待ってください」
俯いたまま必死になって手でパタパタと顔に風を送るジャスミンを見て、マークはこっそりシルフ達にお願いして、彼女に向けて優しい風を送ったのだった。




