レイの話と考え
「僕ね、訓練を始めた最初の頃に元冒険者のギードに言われた事があるんだ。あ、ギードって僕に武術の基礎を教えてくれた僕の大切な家族の一人なんだけどね。えっと、何かを始めようとする時に、真面目にやらないのは論外だけど、張り切りすぎて無理をして怪我をしたり倒れたりするもの同じくらいに駄目なんだって。だから、自分に今出来るちょっとだけ上を目指すんだって教えてもらったんだ。それくらいなら、ちょっと頑張れば出来るでしょう? そうやってそれがいつも出来るようになれば、またもうちょっと上を目指して頑張るんだ。えっと、分かるかな?」
ちょっと焦ったような早口のレイの言葉に、ティミーは真剣な顔で頷く。
その時、ラスティがそっとレイの肩を叩いた。
「レイルズ様、お待ちください。ティミー様。廊下でお話しするのもなんですから、よろしければレイルズ様のお部屋へどうぞ」
そう言われて我に返ったレイは、申し訳なさそうに笑ってティミーの手を握った。
「どう? もう今日は眠いかな?」
「いえ、お話を聞きたいです」
真顔でそう言ったティミーの言葉を聞き、ラスティはそばで控えていたティミーの担当従卒のロートスと、執事のマーカスにそっと目配せした。
揃って頷く二人を見て、ラスティはそのままレイとティミーを促して部屋に入って行った。
「ほら、ここに座って」
部屋に置かれた大きめのソファーに並んで座る。
レイはブルーの色のクッションを抱えて小さく深呼吸をしてから、また口を開いた。
「えっとね、例えば、僕はヴィゴから一本取るのが目標なんだけど、それはそう簡単じゃあないのは分かってるから、まずは竜騎士隊の他の人から一本取るのが当面の目標なんだ。それだってすっごく高い目標なんだけどね。でもカウリとタドラからは一度だけだけど一本取ったんだよ」
「それだけでも凄いです……」
驚くティミーにレイは笑って肩を竦めた。
「でもそれだって、カウリは棒を取りに来たところを受け返して反動を利用して投げ飛ばしただけだし、タドラに勝った時は、僕はキルートって僕の護衛をしてくれているすっごく腕の立つ人と組んで、タドラはルークと組んで二対二で打ち合ったんだ。その人が全面的に補助してくれたおかげでなんとか勝てたんだよ。だから正確にはまだ一人では誰にも勝ててないんだ」
「だって、相手は竜騎士隊の方々なんですよ」
「もちろんそうだよ」
当然のようにそう言って笑うレイに、ティミーは戸惑うように小さなため息を吐いた。
「実を言うと……」
そこで言葉が途切れる。
「うん、良いから何でも言って。全部聞いてあげるからさ」
隣に座るティミーの小さな背中を撫でる。
「実を言うと、ここへ来るのが怖かったんです。僕は確かに他の同い年の子より勉強は出来ますが、それだけです。武術は基礎をちょっと習った程度で、それも正直言って出来は酷いものでした」
自信無さげにそう言い俯くティミーをレイは、クッションを置いてそっと手を伸ばして横から抱きしめた。
「そんな僕に、本当に出来るでしょうか?」
怯えていると言ってもいいほどにティミーの瞳は揺れていて、体は小さく震えている。
「確かに、ティミーの身体は小さいしびっくりするくらいに少食だったよね。僕、正直言って本当にお腹が一杯になってるのか心配だったんだけど……大丈夫? 今はお腹空いてない?」
真顔で心配されて、ティミーは困ったように眉を寄せた。
「実を言うと、ちょっと喉が渇いてます。陣取り盤をやっている時は夢中だったんで気がつかなかったんですけど、口で呼吸していたみたいで、ちょっと喉が、その……」
それを聞いたレイは、慌てて手を離して立ち上がった。
「ラスティ、悪いけどお茶の用意を……あはは、さすがだね。ありがとう」
顔を上げたレイは見たのは、今まさにノックと共にワゴンを押して入ってきたラスティで、ワゴンの上には置かれた大きなボウルにはぎっしりと氷が入れられていて、カナエ草のお茶が冷やされていたのだ。
「お飲みになりますか?」
「お願いします!」
目を輝かせるレイに笑顔で頷いたラスティは、手早く二人分のお茶を入れてくれた。
「こちらも食べられるようならどうぞ」
そう言ってビスケットと小さな葉っぱの形をしたパイを盛り合わせたお皿を二人の前の机に置いた。お代わり用のカナエ草のお茶の入ったピッチャーも横に置かれる。
「では、御用がありましたらいつでもお呼びください」
一礼して下がるラスティを見送り、二人は嬉しそうに顔を見合わせてよく冷えたカナエ草のお茶を一気に飲み干した。
「このビスケット、美味しいですね」
小さな口でもぐもぐとビスケットを齧っていたティミーは、きちんと全部飲み込んでから嬉しそうな笑顔でそう言ってレイを振り返った。
ティミーが一枚ビスケットを食べる間に、レイは三枚は余裕で食べているがお皿に盛られたビスケットはまだまだある。
「でも、こんな時間におやつを食べても良いんですか?」
不安気なティミーの言葉に、レイの方が驚いて振り返る。
「ええ、夜食って食べない?」
黙って首を振るティミーを見て、レイは少し考える。
「あれだけしか食べてなくて、翌朝までお腹空かない?」
すると、ティミーは困った用に首を振った。
「だって、決められた時間以外に食べるのはお行儀が悪いですよ」
それはお腹が空くと答えているのと同じだ。
しばらく考えたレイは、真顔でティミーを見て言い聞かせるように口を開いた。
「あのね、ティミーのお家では駄目だったかもしれないけど、僕はここに来て初めての頃にラスティにこう言われたよ」
真顔のレイの言葉に、ティミーも真剣な顔で聞き入っている。
「たとえ夜中でも、お腹が空いた時には食べて良いんだってね。カナエ草のお茶はいつでも淹れられるように用意してくれてあるし、ほら、棚にはビスケットの入った瓶がいつだって置いてくれてあるんだ。あの棚に置いてある分は、食べたい時にいつ食べても良いんだよ」
驚くティミーに、レイは笑顔で頷いた。
「そっか。きっとティミーは一度に食べられる量が少ないだけで、もっと食べられるんだよ。じゃあこうしようよ。明日の朝はいつも通りに食べて、お昼はそれよりもちょっとでも良いから多く食べるようにしてみてよ。それで、午後のおやつと夕食、それからもう一度夜食も食べてみようよ。無理そうなら食べなくても良いけど、きっと食べられると思うよ」
驚くティミーにレイは笑顔で大きく頷いた。
だって、机の上に並んだニコスのシルフ達が、それを聞いてさっきから何度も頭の上で丸印を作ってくれているのだ。つまり、この考え方で合っているのだろう。
「そんなに食べられるとは思いませんが、分かりました。じゃあ食べてみます」
「無理はしなくて良いからね」
そう言いながら葉っぱのパイを一口で食べるレイを見て、ティミーも嬉しそうに手を伸ばして、葉っぱのパイを口にしたのだった。




