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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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食事の適正量とは

 夕食は、若竜三人組や従卒達も一緒に向かった。

「へえ、広いんですね」

 昼間に場所を聞いただけの広い食堂に入ると、ティミーは嬉しそうに周りを見回しながら目を輝かせていた。

「ここでは、基本的に自分の分は自分で用意するんだ。あそこにあるトレーを取って列に並ぶよ。それで好きな料理を自分で取るんだ。まあやってごらん」

 ロベリオの説明に、ティミーは興味津々だ。



 そのまま全員がトレーを持って列に並ぶ。

 しかし、山盛りに用意された料理の数々を見て、ティミーは困ったように眉を寄せる。

 多くの料理が初めて見るものばかりで、何をどう取ったらいいのかさっぱり分からない。

「えっと、あんまり量が食べられないんだったよね。好き嫌いはある?」

 前に並んだレイの質問に、ティミーは少し考えて首を傾げた。

「さあどうでしょう? よく分からないです」

「えっと、じゃあ何が好き? お肉とか、野菜なら何が好きとかって、ある?」

 ティミーはこれにも困ったように首を振る。

「あまり、そんなふうに考えた事が無いです。そもそも食べる事自体、それほど大好きってわけでは……」

「ええ、そんなの駄目だよ」

 驚いたレイの言葉に、二人はそれぞれ困ったように眉を寄せて顔を見合わせた。

「まあ、これも経験だよ。今は無理せずに食べられそうなものを少しずつでいいから取ってごらん。何度でも取りに行けるから、足りなければまた並べばいいからさ」

「もしどうしても食べられなかったら代わりに食べてあげるけど、基本的に取ったものは残さないようにね」

 後ろに並んだロベリオとユージンの言葉に、ティミーの眉の皺がさらに深くなる。

「じゃあ僕のおすすめを教えてあげるから、一緒に取ろうよ」

 ティミーの戸惑いに気付いたレイが、慌てたようにそう言って前に進む。

「お、お願いします」

 自分で食べる量を自分で考えて取る。レイ達には当たり前の事だが、誰かが用意してくれたものしか食べた事がないティミーにとっては、食堂で食事をするだけでも、大変な大仕事になっているようだった。




「この燻製肉はおすすめだよ。ソーセージは茹でたのと焼いたのと有るけどどっちがいい?」

 真剣な顔で悩みつつ、燻製肉を一枚取り、茹でたソーセージを一本取るティミーを見て、レイは驚いたように目を瞬いた。

 遠慮せずにもっと取ればいいのにと言いかけた時、ニコスのシルフ達が現れてレイの目の前で手を振ってバツ印を作ってみせる。


『まずは好きに取らせてあげて』

『彼は主様と違って少食だからね』

『主様と一緒にしちゃ駄目』


 ブルーのシルフまで現れて、笑いながら重々しく頷く。

『レイ、何事も経験だ。まずは好きにさせてやりなさい』

 ニコスのシルフ達はそのまま消えてしまったが、ブルーのシルフは当然のようにレイが持つトレーの縁に座った。

「そうだね。まずは好きにやらせてみるべきだね」

 小さくそう呟き、レイはいつものように燻製肉も焼いたソーセージも遠慮なく山盛りに取っていった。



 毎回料理の前で考えながらゆっくり進むため、ティミーのところで列が滞ってなかなか前に進まない。

 しかし、後ろに並んだ他の兵士達は先頭にいるのが誰か気づいた途端に顔を見合わせて笑い合い、当然のように素知らぬ顔で黙って待っていてくれたのだった。



「ああ、リコリがある。これは美味しいですよね」

 塩茹でしたリコリを見て、ティミーが嬉しそうにそう言って添えられているスプーンを掴む。

 しかし身長が足りないので、上手くすくえなくて苦労している。

「取るよ、どれくらい?」

 笑ったレイが、もう一本置いてあったスプーンで自分のお皿に山盛りに取りながら尋ねる。

「じゃあ、スプーンに一杯分くらいお願いします」

 レイにとっては味見程度にしかならない量の料理の並んだお皿を差し出されて、苦笑いして言われた通りにスプーン一杯分くらいをやや控えめに取ってやる。

 後ろに並んだロベリオ達も、あまりにも少ないティミーのお皿を見て何か言いたげだったが、特に何も言わずにそれぞれ自分の料理を取っていった。




「ごちそうさまでした。もうお腹いっぱいです」

 結局、最初に取った分だけでティミーのお腹は一杯になってしまったらしい。しかも食べる早さもゆっくりだったので、山盛りに取って来ていた皆と同じくらいに食べ終えていた。

「え、あれで足りる?」

 思わずと言った感じでそう言ったレイに、ティミーが困ったように小さく頷く。

「はい。もっと食べた方がいいとは思うんだけど、もうこれで充分です」

「そうなの? それなら良いけど……」

 こっそりとロベリオ達を見ると、苦笑いしつつも首を振るのを見てレイもそれ以上は何も言わなかった。



 一緒に食器を返しに行き、そのままデザートを取りにもう一度並んだレイの後ろにティミーも並ぶ。

 今日のデザートはレイも好きなカスタードタルトで、嬉々として二つ取るレイをティミーは驚きの目で見たあと、並んだカスタードタルトの大きさを考えて首を振り、その前は素通りして果物の盛り合わせたのを一皿だけ取った。

「あれ、カスタードタルトは嫌い?」

 当然ティミーも取ると思っていたのに、取らずに果物だけを取るのを見て驚いてそう尋ねる。

「いえ、カスタードタルトなら僕も食べますけど、今、その大きさを一個食べるのはちょっと無理だと思います」

 実を言うと、美味しそうだったのでちょっと食べてみたかったのだが、あの大きさはおやつに出されても完食できる自信が無いほどの大きさだ。

 ましてや今は食事を食べた後で、緊張しているせいもあっていつも以上にかなりお腹はいっぱいなのだ。

 しかし、あまりにも少ないティミーの食事の量に心配になったレイは、少し考えてカスタードタルトを指さした。

「じゃあこうしようよ。構わないからカスタードタルトを一つ取って食べられるだけでも食べてごらん。残ったら僕が食べてあげるからさ」

「ええ、良いんですか?」

「もちろん、実を言うと、もう一つ取ろうかどうしようか悩んだんだよね」

 当たり前のようにそう言われて、ティミーの目が更に見開かれる。

「レイルズ様、どれだけ食べるんですか」

 呆れたような呟きに、後ろから吹き出す音が聞こえてティミーは慌てて振り返った。

「ごめんごめん。でもレイルズの言う通りだよ。もし彼が食べられなければ俺達も手伝うからさ。食べられそうなら少しでもいいから食べてごらん」

 笑ったロベリオの言葉に頷いたティミーは、それはそれは真剣な顔でカスタードタルトを一つ取ってお皿に乗せて果物のお皿の横に並べた。それから、カナエ草のお茶を取りに行くレイの後を追った。



『おやおや、其方の主殿は、食事をするだけで大騒ぎだな』

 窓枠に座って苦笑いするブルーのシルフに、隣に並んで座ったターコイズの使いのシルフも苦笑いしつつ頷いている。

『ティミーにとってここは驚きの連続のようだな』

『彼が早くここでの生活に慣れてくれるように』

『我からも精霊王にお願いしておくとするか』

 肩を竦めるターコイズの言葉に、ブルーのシルフも同意するように笑って頷くのだった。

 彼らの視線の先では、大きなカスタードタルトを前にして、困ったようにこっそりため息を吐くティミーと、笑って、残ったら手伝うと言い聞かせているレイの姿があるのだった。

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