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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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採点結果と国境の竜騎士達

「おい、起きろよマーク。早くしないと食いっぱぐれるぞ」

 翌日、どん底な気分で目を覚ましたマークは、笑顔で起こしてくれた同室のキムを、抱きかかえた枕越しに上目遣いに睨みつけた。

「な、何だよ。どうした?」

 驚いて、心配そうに聞いてくれる気遣いが、今は恨めしかった。

「放っといてくれよ……もう、奈落の底に穴掘ってる位に最悪の気分なんだよ。さよなら、俺は絶対出戻る。間違い無い!」

 枕に抱きついたまま泣きそうな声でそう言うと、また、顔を伏せてしまった。

 キムは、呆然とそれを聞いていたが、しばらくの沈黙の後、堪えきれずに吹き出した。

「お、おまえっ、何言ってるんだよ」

「だって俺、絶対! 昨日の試験全部零点だぞ。有り得ないだろ、普通」

 昨夜の試験で、はっきり言って有り得ない程酷い点数を取ったのだ。間違いなく役立たずで能無しの烙印を押されて、降格させられるだろう。

「王都での生活、儚い夢だったなぁ……」

 もう既に、北の砦に出戻る事が脳内で確定事項なマークに、キムはため息を吐くと、思いっきり拳骨で頭を殴りつけた。

「痛い! 何すんだよ!」

 我に返ったマークが、頭を抑えて抗議すると、キムは笑って扉を指差した。

「馬鹿なこと言ってないでとっとと起きろ! 飯食いに行くぞ!」

「うう、了解」

 確かに腹は減っている。言う事を聞いて、渋々起きて身支度をした。


 今の所、マークには待機命令が出ている状態で、まだ此処でこれから先、何をするのかも全く分からない状態だ。キムはどうやらマークと一緒にいろとの命令を受けているらしく、俺の事なんか放っておけと言うと、自分はこれが仕事だと笑って言ってくれたのだ。


 昨夜も驚いたが、明るい中で見ると、さらに大きく見える食堂で朝食を食べた後、連れていかれた部屋でダスティン少佐から、今日は庭に出てシルフ達と遊んでいる様に言われた。

 仲間が最前線に出ていると言うのに、こんな所で遊んでいて良いのだろうか? 今や、マーク専用の玩具になった猫じゃらしを手にしたまま、陽のあたる中庭の椅子にぼんやりと座っていたら、いつの間にかマークの肩や頭にはシルフ達が何人も座っていて、考え事をして相手をしてくれない彼の髪の毛をこっそり絡ませたり結んだりして好き勝手に遊んでいた。

「こら、シルフ達が遊んで欲しそうにしてるだろ。ちゃんと自分のすべき事をしろ」

 ダスティン少佐の所から戻ってきたキムが、また拳骨で頭を殴るふりをした。

 思わず咄嗟に避けてしまい、二人で顔を見合わせて笑った。

「紙の試験の結果なんて気にするな。あれは言ってみれば、お前の知識を確認する為のもので、別にあれ自体が評価の対象になる様なものじゃ無いよ」

 あまりの凹みっぷりを見るに見かねたキムは、そう言って慰めてやった。実際、あの試験自体で彼の評価が下がるわけでは無いのだ。まあ、彼のこれからの訓練所での教育過程においては、かなり重要な物なのだが……。

 諦めて立ち上がったマークに、シルフ達が喜んで、文字通り側へ飛んで行った。

 無意識に前髪を掻き上げようとした瞬間、マークの悲鳴が中庭に響き渡った。

「なんだよこれ! 俺の髪の毛が絡まりまくってるぞ!」

 大笑いしたキムは、座っていた椅子から転がり落ちた。



「うむ……予想通りとは言え、これは驚きだな」

「キム上等兵の言う通りでしたね。ここまで知識が無いと、逆に潔い。はっきり言って教え甲斐が有りますよ」

 回答用紙を手に苦笑いしているのは、王都の、精霊魔法の適性のある者達が通う精霊魔法訓練所の所長と、精霊特殊学院の学院長を兼任するケレス学院長と、マークの上司のダスティン少佐だ。


 ちなみに、身分を問わず通常、一般人の成人及び兵士が通うのは精霊魔法訓練所で、未成年は、学校が併設された精霊特殊学院へ入学するのだ。


「一般常識を含めて、彼の訓練期間の成績は優秀ですよ。兵士としての評価は非常に高い。彼は今まで一切、魔法と名の付くものに触れずに生きて来たのですから、知識が無いのは当然です」

 ダスティン少佐も、回答用紙を見ながら、笑ってそう言った。

「とにかく、彼の教育方法については一任いたします。そうそう、彼の身元引き受け人は私になりましたから、何かありましたら、何時でも相談してください」

 慣例として、マークの様に公的な身分の後ろ盾を一切持たない、一般人や下級兵士が訓練所に入る時は、その上官や、第四部隊の士官が身元引き受け人になる事が多い。

「将来有望、なれど道のりは険しそうだな」

 ケレス学院長の言葉に、ダスティン少佐はもう一度笑って頷いた。

「ですが、やり甲斐のありそうな苦労ですよ。あなたもそう思われているのでは?」

「違いない。もう、今から楽しみで仕方ないぞ」

 子供の様に嬉しさを隠そうとしない学院長に、少佐は回答用紙をまとめて渡して肩をすくめた。

「まずは座学からだな。変に子供と一緒にするよりも、年齢的な事を考えると、個人教授の方が良さそうだな」

 早くもどのような教育方法で行くのか考えている学院長に、部屋を出ようとしていた少佐は、振り返って尋ねた。

「彼の教育は、いつから始めますか?」

「とりあえず、来週からだな。それまでは精々、シルフやウインディーネと遊ばせておいてくれ」

「了解です。準備ができたら連絡してください。彼を連れて行きます」

 頷く学院長に敬礼して、少佐は部屋を後にした。

「折角手に入れた貴重な金の卵、果たして、我々に上手く孵す事が出来るだろうか……」

 少佐が見た中庭では、髪の毛をくしゃくしゃにされたマークが、シルフ達を追いかけ回していた。




 大規模な戦闘から一夜明けた国境の砦では、破壊された砦の修理と、怪我人の手当てと搬送が始まっていた。

 今の所、タガルノ側の動きは不気味な程に一切無く、水面下での接触が続けられていた。現場で待機命令の出ている竜騎士隊の面々も、上空の警戒に交代で当たり、国境に睨みをきかせていた。

「まだ意識は戻らんか」

 天幕の中で、ガンディとマイリーは、顔を付き合わせて相談していた。

 保護された少女は、左足の骨折と、右腕の裂傷、打撲と背中から左肩のかなり酷い内出血、意識が戻るまで、まだしばらくはかかるだろうとの事だった。幸いな事に、竜の主になってまだ間が無かった為、薬がほぼ効く状態だったのだ。医療兵達は、これを知った時、皆、胸を撫で下ろした。


 しかし、この少女兵をタガルノに返すことは出来ない。

 間違いなく、この戦いの責任を取らされて、公開処刑にされるだろう。となると、本人の意思で亡命してもらうのが良いのだが、果たして話の通じる相手なのだろうか?

 年齢を問わず、女性相手の交渉事は、正直言ってマイリーは苦手だ。この様な場合、一番役に立つルークが怪我で動けない以上、誰に当たってもらうのが一番良いか考えていたら、ガンディが自分に任せろと言い出したのだ。

「本当に大丈夫ですか?」

「恐らくな。まあ、見ておれ」

 自信満々に請け負うと、その場は衛生兵に託して表の竜の所へ行ってしまった。


 一夜明けて、竜の方はなんとか持ち直したらしく、小さく丸くなってささやかな寝息を立てていた。

「かなり落ち着いた様ですが。今は大丈夫なんですか?」

「まずは小康状態といった所だな。紫根草の中毒の怖い所は、治った様に見せかけておいて、完全に抜けるまで相当な時間がかかる所だからな」

「……知ってますよ。身を以てね」

 マイリーは、竜の背中を優しく撫でながら、タガルノの方角を見た。

「そうであったな。もう何年前になる?」

「もう三十年近く前になりますよ。ようやく、笑い話に出来る様になりました」


 マイリーは、新兵の頃の大規模な戦闘で、仲間と共にタガルノの捕虜にされた事がある。その際に、一切口を割らなかった彼は、紫根草の中毒にされ、救出された後も長い間医療棟の専門棟に監禁されて、まさに地獄を見た事があるのだ。

「あの時に、自分は一度死んでます。今の人生は、言ってみれば、おまけの夢みたいなものだと思ってますよ、アンジーに出会えた事で、もう全部の出来事がどうでも良くなりましたから」

「まだ若いのに、何を言っとるか」

 咎める様に言うガンディに、マイリーは笑って肩をすくめた。

「貴方にとっては、ここにいる全員、年下の若造でしょうが」

「そりゃあそうだな」

 竜の口に薬をねじ込みながら、ガンディは笑った。


 実際、当時のマイリーがどれほどに苦しみ、それでも希望を捨てなかったかをガンディは知っている。

 まだ中毒の残る体で、兵士に定められている定期的な精霊竜との面会に参加し、その時に彼はアンジーと出会ったのだ。

 竜の主になった事で、彼の人生は一変した。

 地方豪族の次男だった彼には、恐らく決してあり得なかったであろう身分と収入を保証され、薬が効かない、竜の主の特徴が幸いし、紫根草の中毒からも完全に抜ける事が出来たのだ。

「人生何が起こるかわからんからな。生きてさえおれば、案外なんとかなるもんじゃよ」

 振り返って笑うガンディに、マイリーは泣きそうな顔で頷いてみせた。


 やる事が山積みの今、正直、何から手をつけるのが良いのかよく考えなければならない。まずはアルス皇子のところへ行って、今後の展開について話し合う事にして砦に戻る事にした。

 振り返った上空には、ユージンとロベリオの二人の竜がゆっくりと旋回しているのが見えている。

「うちの若い奴らは、皆よく働いてくれるな」

 頼もしい部下達を見て笑うと、マイリーは自分の仕事をする為に、砦に戻って行った。

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