二度目の舞台と夜会の終了
「ええと、演奏する曲は、光の交響曲、第一楽章。二曲目はヴィオラのため息」
執事から見せられたマイリーとヴィゴの演奏予定の曲を確認して、レイは安堵のため息をもらした。
「よし、これならどっちも演奏するのは初めてだけど練習はしているから大丈夫だね」
念の為、楽譜を確認して自分の担当箇所を指でなぞる。
「今日の曲は、どちらも人前で演奏するのは初めてだろう。大丈夫か?」
声をかけられて楽譜を持ったまま笑顔で振り返る。今日は、いつものヴィオラやコントラバスではなく、セロを用意しているヴィゴを見て、レイは目を輝かせた。
「あれ、今日はセロなんですね」
ロベリオが持っている時よりもセロが小さく見える。
「ああ、マイリーと二人の時は、大抵がヴィオラかセロだな。今回は低音部分を主にレイルズが担当してくれるから、俺は楽でいいよ」
笑ったヴィゴの言葉にレイも笑顔で頷く。
合同演奏の際にヴィゴが使っている大きなコントラバスは、本当に低い音がする。
単体で聞けば低すぎるくらいの音だとも思うが、ヴィオラや他の楽器と一緒に演奏すると一気に音に深みが出るのだ。合唱と同じく、低音部分の大切さを実体験で思い知った事が何度もある。
普段はセロはロベリオが担当しているのだけれど、ヴィゴもセロを持っていたみたいだ。
「すごいですね、いろんな楽器を演奏出来て」
無邪気なその言葉に、ヴィゴが驚いたように目を見開き、それから照れたように笑う。
「まあ、慣れればどうという事は無いさ。レイルズだって、大きなハープも演奏出来ると聞いたぞ。それと同じさ」
「ええ、でもあれは、ちょっと弾ける程度だから上手ってわけじゃあ無いです」
「おやおや、また自己評価が低すぎるぞ」
呆れたように、ヴィゴにそう言われて困ってしまうレイだった。
「そろそろ出るぞ」
ヴィオラを持ったマイリーの声に、レイは慌てて返事をして竪琴を抱え直した。予備の竪琴は、執事が預かってくれているので、今回は舞台には持って出ない。
マイリーとヴィゴに続いて、レイも舞台へ上がって行った。
拍手の後に揃って一礼した三人は、マイリーを真ん中にしてレイが右後ろ、ヴィゴが左後ろに用意された椅子にそれぞれ座って楽器を構える。
マイリーは、真ん中に立ったまま背筋を伸ばしてヴィオラを構えた。
補助具をつけた左足を少し前に出して構えたマイリーは、文句無しに格好良い。
後ろでその姿を見ながらレイは笑顔になった。
「やっぱり格好良いよね」
レイの密かな呟きに、肩に座ったブルーのシルフが笑っている。
マイリーの合図で演奏が始まる。
一曲目は、光の交響曲、第一楽章。二曲目は、ヴィオラのため息。
どちらも、主にヴィオラが主役を務める曲で、常に主旋律を担当している。セロも時にはそれに加わるが、レイが担当する竪琴は、今回はひたすらに伴奏役だ。
だけどその分気楽に演奏する事が出来て、レイは密かに二人の演奏に聞き惚れていた。
時折、どこを演奏しているのか分からなくなりかけて、ニコスのシルフに助けてもらいつつ、地味な伴奏をずっと演奏していたのだった。
最後に大きく盛り上がる箇所では、竪琴の音の上下が続き、ここばかりは張り切って演奏したのだった。
無事に演奏を終え、大きな拍手をもらって舞台から下がる。
そのあとは、夜会の終了まで他の人達の演奏を聴きつつ、お菓子を楽しんだのだった。
「お疲れさん。このあとはどうする?」
もう何個目か分からない小さなスフレケーキを食べていると、ルークに肩を叩かれて飛び上がった。
慌てたレイは、きちんと口の中のものを飲み込んでから口を開いた。
「えっと、どうするって、何がですか?」
そろそろ終了の時間なのでもう演奏はないと思っていたが、もしかしたら最後にまだ何かするのだろうか?
そう思って周りを見たが、マイリーとヴィゴはディレント公爵閣下と何か真剣に話をしているみたいだし、タドラはイデア夫人とワインを片手に談笑中だ。
「いや、このあと喫煙所で懇親会があるから、お前も誘うつもりだったんだけどさ。貧血はどうだ。辛いなら先に本部へ戻ってても構わないぞ」
質問の意味を理解して、笑ったレイは軽く飛び跳ねて見せる。
「もう大丈夫だよ。ディレント公爵閣下や、ゲルハルト公爵閣下とはあまりお話出来なかったから、僕も懇親会に参加したいです。えっと、煙草は吸わないし、お酒は控えめにしますけど!」
慌ててそう付け加えたレイの言葉に、ルークが堪えきれずに吹き出す。
「あはは、了解。じゃあ一緒に行こう。それから、さっきのゲルハルト公爵閣下のご友人の音楽家の方が、お前にあの即興曲をもう一度演奏して欲しいんだってさ。竪琴を執事が用意してくれているよ」
「あれ、そうなんだ。後日本部で改めて演奏するんだとばかり思ってました」
笑ったレイの言葉に、ルークが肩をすくめる。
「まあ、それでも良かったんだけどさ。そろそろ竜の面会も終わりだろう。ティミーがすぐに引っ越してくるし、慣れないうちはあまり本部に人を入れたくないってのもあるんでね。出来れば今日のうちに用事を済ませておいてくれるか」
「分かりました。じゃあ端っこでこっそり演奏します」
「さっきの曲。もう一度聞きたいって言ってた人は他にも大勢いたから、お前が竪琴であの旋律を弾いたら、間違いなく大注目になるだろうけどな」
笑ったルークの言葉に、顔を覆って声無き悲鳴を上げたレイだった。
そのあと夜会の終了が告げられ、会場は大きな拍手に包まれた。
「それじゃあ行くか」
ルークの言葉に頷き、平らげた最後のお菓子のお皿を机の端に置いたレイは、急いでルークの後について会場を後にしたのだった。
レイの肩には当然のようにブルーのシルフが座り、懇親会に使用する喫煙室に次々に集まる人々を興味深げに眺めていたのだった。
『先程の曲、我と知識の精霊達が改めて全部教えてやる故、ゆっくり弾くといい』
耳元で告げられたその言葉に、レイも笑顔で小さく頷いた。
「うん、わかった。じゃあよろしくね。譜面を取るって言ってたから、どういう風に演奏するのが良いのかな?」
『まあその辺りは専門家に任せておけば良いさ。良い曲だからな。しっかり弾いてやりなさい』
『任せて任せて』
『教えてあげるからね』
『しっかり弾いてね』
得意気なニコスのシルフ達にもそう言われて、レイも笑顔でもう一度頷いたのだった。




