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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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即興曲と失われた旋律

「この花を君へ」

「想いを込めて、今、届けよう」

「想いを込めて、今、届けよう」



 イデア夫人の優しい歌声をレイのやや高めのしっかりした声が追いかける。

 互いに笑顔で歌い交わし、最後には会場中が参加しての大合唱となった。

 大きな拍手をいただき、笑顔で立ち上がって深々と一礼する。

 この後もう一曲演奏して下り、後半にまた演奏する予定だったのだが、ルークはレイを見て笑ってカードを指差す。

 三曲目は、キャンディポルカ。

 若者達の花祭りの花束争奪戦と、子供達のお菓子の争奪戦を描いた人気の舞台で、この曲は、ポルカと呼ばれる二拍子の速いリズムの楽しい曲になっている。

 舞台の中で、とある貴族の子供達が棒付きキャンディを取り合いっこしながら、いつの日か自分達も兄上達のように花束争奪戦に参加するんだと言って、花束に見立てた棒付きキャンディの束を放り投げては部屋中大騒ぎして走り回る、人気の場面で使われる曲だ。

 二拍子の賑やかな音のつながりと、弾むようなリズム。ヴィオラも普段のように弓で長い音を弾くのではなく、子供達の歓声のような甲高い短い音の主旋律を奏でつつ、時折指で弦を弾いて笑い声を表す転がるような短い音で演奏する。

 竪琴やハンマーダルシマーとも相性が良く、レイも練習で教えてもらって覚えて以来、気に入っている曲だ。

 頷いて演奏を始めたレイにルーク達も追いかけて演奏を始めた。

 賑やかな曲に、会場から笑いと手拍子が起こる。



 続く四曲目は、一転して静かで穏やかな曲調の、祈りの朝。

 夜明けと共に教会へ祈りを捧げるために集まる人々を歌った歌で、基本、歌うのは女性のみの合唱曲だ。

 ここではレイを始めとする竜騎士達は演奏のみの参加で、イデア夫人とミレー夫人、それからウィルゴー夫人の三人による見事な合唱が披露されて静まりかえった会場は美しい歌声にただ聞き惚れていたのだった。



 大きな拍手をもらった女性達が深々と一礼して下がる。

 最後の曲は、即興曲。

 要するに楽譜が一切無く、その場でお互いに合わせて即興で演奏する曲の事だ。

 レイは練習では何度かやった事はあるが、実際に人前で演奏するのは初めてで、正直言って頭は真っ白になっている。

「難しく考えなくて良い。音に合わせて今の気分を演奏すれば良い。皆、お前に合わせてやるから好きに弾いてごらん」

 戸惑い、演奏しようとしないレイを身兼ねてルークが小さな声で教えてくれる。

 困ったようにルークを見ると笑顔で頷いてくれた。

 振り返って背後に並んで立つヴィゴやマイリー、タドラを見ると、彼らも笑顔で頷いてくれた。

 笑ったルークが、持っていたハンマーでリズムを取ってくれる。

 ニコスのシルフ達が目の前に現れて笑いながら手拍子を取ってくれる。

 それを見たレイは、小さく深呼吸を一つして思いつくままに竪琴を奏で始めた。



 最初はやや遠慮がちに短めの音を弾くようにしてリズムを取る。

 ルークがそれに合わせてやや低めの音でリズムを刻んでくれたので、合間に高音を挟みつつ交互に弾き合う。

 それを見たヴィゴとマイリーのヴィオラがそれに参加して、彼らの音を追いかけながら、時折見事な和音を重ねてくれる。

 タドラのフルートは、レイが奏でた即興の旋律を追うようにして見事に同じ旋律を吹いてくれる。

 まるで竪琴とフルートの輪唱のようになり、驚きに目を見開いたレイは思わず笑顔になる。

 会場から感心したような騒めきと共にまた手拍子が始まる。

 全身でリズムを取りつつ、レイは思うままに弾き続けた。



 その時、不意に思い出したのは、ゴドの村にいた頃に母さんがいつも鍋をかき回しながらハミングしていた曲だった。歌詞はなく旋律のみ。

 不意に蘇った鮮明な記憶に飲み込まれそうになった時、ブルーのシルフとニコスのシルフ達が集まって来て、そっとレイの頬を叩いてくれた。

 すぐに我に返ると、心配そうなブルーのシルフと目が合う。



 一瞬だけ演奏が止まったが、その後に奏で始めたのは母さんが歌っていたその旋律だった。



 すっかり忘れていたその曲だったのに、弾き始めるとまるで弾き慣れた曲のように滑らかに演奏する事が出来た。

 突然始まった明らかに即興では無いその旋律に、ルークやマイリー達が一瞬戸惑う。

 しかし、その不思議に懐かしくも物悲しい旋律はレイの竪琴の音に見事に調和し、まるで最初から決まっていた音であるかのように会場中に優しく響いた。



 ルーク達が戸惑っていたのは一瞬だけで、すぐに旋律を覚えて即興で合わせてくれた。

 最後は、全員揃って音を合わせて長く弾いて演奏が終了する。



 しばしの沈黙の後、会場から割れんばかりの拍手と喝采を貰った。

「ありがとうございました!」

 これ以上無い笑顔のレイが立ち上がり、そう言って深々と一礼する。

 見事な演奏に、拍手はいつまでも鳴り止むことがなかった。




「まあまあ、なんて見事な演奏だったんでしょう」

「最後の即興曲、後半はもしかしてレイルズ様の作曲ですか?」

「私も初めて聴く旋律でしたわ。でも不思議と懐かしくて、何とも言えない気持ちになりました。本当に素晴らしかったですわ」

 舞台から下がった途端、三人のご婦人方がレイの元に駆け寄り口々に褒めてくれた。

 照れつつも竪琴を抱えたレイは笑顔でお礼を言い、自分を見ているルーク達を振り返った。

「すごく素敵な演奏をありがとうございました!」

「あ、ああ。素晴らしかったよ。腕を上げたな」

 マイリーに褒めてもらい、嬉しそうなレイをこの後の演奏のために控えていた宮廷楽士の一人が呆然と見つめていた。



 先程レイが演奏した即興の曲は、実はアルカーシュで季節の祭りの際に神官達が神殿で演奏していた曲の一つだったのだ。

 一部の旋律だけが楽譜として残っているだけで、失われた曲として一部の音楽家達の間で有名な旋律なのだ。

「一体、どうやって……」

 笑顔でルーク達と話をしながら会場へ戻って行くレイを彼は呆然と見送り、同じくその旋律に気づいて集まって来た他の音楽家達と興奮したように一斉に話し始めた。



『おやおや、これは騒動の火種を撒いてしまったかな?』

 興奮する音楽家達を見て、苦笑いするブルーのシルフに、ニコスのシルフ達も困ったように笑っている。

『蒼竜様が覚えていた事にしてください』

『それが良い』

『それが良い』

 大真面目に頷きながらそう言うニコスのシルフ達の言葉に、集まってきたシルフ達までが揃ってうんうんと頷く。

 彼女達は意味は分からないが、ニコスのシルフ達の真似をしているのだ。

『ああそうだな。それが一番自然であろうな。では後で、レイには何か聞かれたらあの曲は我から聞いた事にするようにと言っておくとしよう』

 次の演奏が始まった舞台を見つつ、集まって来た人達と笑顔で話をするレイの元へブルーのシルフはふわりと飛んで行くのだった。

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