蒼竜と少年

本部にて

　ティミーを見送った後、本部へ戻って揃って事務所に顔を出したルーク達は、机の上に置かれていた幾つかの書類を手分けして片付け始め、レイも自分の日報を書いた後はルークの書類整理を手伝った。

「えっと、今日はこの後って何か予定はあるんですか？」

　渡された書類の整理が終わったところでそれを箱に戻しながらそう尋ねると、顔を上げたルークがにんまりと笑った。

「おう、幾つか個人の夜会の招待が来てるからな。今回はレイルズ君にも参加してもらうよ」

　個人の夜会と聞き、レイの顔が若干ひきつる。

「えっと、僕はどなたのところへ行けばいいんですか？」

「そうだなあ、何処へ行ってもらおうかなあ」

　からかうように笑うルークに、レイは困ったように眉を寄せる。

　この時間に、誰の夜会へ行くのか決まっていない訳はなく、と言う事は、恐らくだがレイが行くのを嫌がるような相手なのだろう。

　もの言いたげに自分を見ているレイに、ルークは笑って肩を竦めた。

「リューベント侯爵夫妻が主催する夜会で、誰かさんに竪琴の演奏をして欲しいんだってさ。まあ、あくまで個人からのお誘いだからそれほどの規模の夜会じゃないよ。だから逆に言うと参加者の顔ぶれは、まあ……お前の予想の範疇だよ」

　それを聞いて思いっきり嫌そうな顔になるレイに、ルークは苦笑いして肩を竦めた。

「ま、これも見習いのうちに行って慣れておくべき事だよ。ご婦人の嫌味の一つ二つくらい、平然と聞き流せるようにならないとこれから先やっていけないぞ。大丈夫だって、別にとって喰われる訳でなし」

「そりゃあ喰われる事は無いかもしれないけど、どちらかと言うと僕の心の平安がゴリゴリ削られます。なので翌日は安静にするための休暇を求めます」

　眉を寄せたレイの、これ以上ないくらいの嫌そうなその言い方にルークが遠慮なく吹き出す。

「あはは、言うようになったなあ、よしよし、いいぞ。その調子だ」

「ルークったら酷い！　完全に面白がってるでしょう！」

　悲鳴のようなその声に、もうルークは我慢出来ずに机に突っ伏して笑っている。

「ああ、戻ってたか。悪いがこれを……どうした？」

　ちょうどそこへ書類の束を持ったマイリーとヴィゴとカウリが戻って来て、ルークに書類を渡そうとして笑いながら背中を叩いた。

「ああ、すみません、どれですか」

　笑い過ぎて出た涙を拭いながらルークが顔を上げる。

「これだよ。明日でいい。で、一体何事だ？」

　書類を渡して隣に座ったマイリーの言葉に、ルークが笑いながら先程のレイとのやりとりをかいつまんで説明する。

「言うようになったなあ。良いぞ良いぞ」

　マイリーは笑いながらそう言うと、立ち上がってロベリオ達にも書類を渡して戻ってきた。そして、自分を見ているレイの側へ来て頭に手を伸ばしてくしゃくしゃに撫でた。

「頼りにしてるよ。しっかり頑張って来い。まあ、気持ちは分かるが、見習いのうちに嫌な事ほどやっておくべきだよ。大丈夫だよ。何かあったとしても後始末は任せろ」

「ご迷惑はかけません。でも……やっぱり嫌なものは嫌です」

　口を尖らせて断言するレイに、ルークとマイリーは顔を見合わせて苦笑いしている。

「じゃあ、ちょっと場所を変えよう。そんなレイルズ君に大事な事を教えてやるよ」

　マイリーの言葉にルークが一瞬何か言いかけたが、小さくため息を吐いて立ち上がった。

　マイリーのその言葉を聞いて、同じくそれぞれの席に座って書類を片付けていたロベリオとユージンが慌てたように振り返って立ち上がった。カウリとタドラとヴィゴも、揃って心配そうにこっちを見ている。

「あの、俺達も行きましょうか？」

　ロベリオの言葉に、マイリーが振り返る。

「いや、今はいいよ。なんなら後でお前達からも詳しく説明してやってくれ」

「了解しました」

　苦笑いした二人は、そう言ってまた座って書類を片付け始める。

　それを見て、ヴィゴ達も自分の仕事を始めた。

　レイには全く何の話か分からないが、どうやら彼らには今からレイが聞く話の内容がわかっているみたいだ。

　戸惑うように立ち止まって振り返ると、苦笑いしたロベリオが小さく首を振った。

「後でね。行っておいで」

　立ち止まらずにルークとマイリーが事務所を出て行くのを見て、一礼したレイは慌ててその後を追った。

　いつの間にか現れたニコスのシルフ達がレイの頭の真っ赤なその髪の中に潜り込んで座り、揃って何やら言いたげに顔を見合わせていたのだった。

「ほら座って」

　隣にある第二休憩室へ連れて来られたレイは、背中を軽く押されてルークと並んでソファーに座る。

　マイリーはその前に置かれた小さな机を挟んだ向かい側のソファーに座る。

　ラスティと執事がお茶の用意をしてくれるのを、三人は黙って見つめていた。

　お茶が用意されてラスティ達が下がると部屋は三人だけになる。

　マイリーが自分を見るのに気付き、レイは慌てて居住まいを正した。

「ああ、そんなに緊張しなくても良い。今すぐどうこうって問題じゃあないから」

「問題、ですか？」

　また何かの詳しい話をしてくれるとばかり思っていたレイは、問題と聞き驚いて目を瞬いた。

「これは、ティミーが来る前に、レイルズにも一応は理解してもらっておくべきだろうからね」

「まあそうですよね。ティミーが正式に竜騎士見習いとして紹介されたら、あの辺りはそりゃあもう狂喜乱舞するでしょうからねえ」

　マイリーの言葉に、うんうんと頷きながらルークが腕を組むのを見て、レイは首を傾げた。

　今の二人の会話から、どうやらティミーがここへ来る前に話しておきたい内容らしいが、一体何が問題なのだろうか？

　さっぱり分からずに戸惑うレイを見て、苦笑いしたマイリーが困ったように肩を竦める。

　そして、レイにこう尋ねた。

「今ここにいる三人と、ティミーの違いが分かるか？」と。