表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼竜と少年  作者: しまねこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1143/2488

木登りとシルフ達

「うわあ、高い」

 まだ登り始めて間がないのに、うっかり真下を見てしまったティミーは、そう呟いた切り動けなくなってしまった。



 高所へ登った時、迂闊に真下を見てはいけない。

 特に、真下を見ると自分の身長分が足されているため、普通以上に高く感じられてしまうのだ。

 ティミーの様子が急におかしくなった事にすぐにレイは気が付き、軽々と登って来てくれる。

「どうしたの、大丈夫?」

 何でもない事のように言われて、ティミーは泣きそうになりつつ下を指さした。

「あの……下を見てしまったら、急に、怖くなり、ました……。これ、どうすれば、良い、ですか」

「ああ、真下は出来るだけ見ないようにね。視線は遠くへ、ここなら枝の先の方を見れば良いよ。ほら、今は僕を見て」

 笑ったレイは、両手を離して幹の上に平然と立っている。しかし逆にティミーは両手で太い枝を掴んだ体勢のままで恐怖のあまり動けずに固まってしまっている。

『大丈夫だよティミー』

『怖いなら我の使いのシルフを見ていると良い』

 目の前を飛んでくれるシルフから優しいターコイズの声が聞こえたティミーは泣きそうになりつつも小さく頷き、ゆっくりと片手を離して別の枝を掴もうと伸ばした。

 しかし、もう少しで届かない。

 プルプルと震えた指先で、なんとか枝を掴もうと身を乗り出した瞬間、体重が一気に前に移動してしまいそのまま倒れてしまった。

 落ちると思って悲鳴を上げたティミーだったが、当然のように集まった大勢のシルフ達が彼の転びそうになった小さな体を支えた。直後にレイが飛びかかるようにして彼の腕と体を手で支えてくれた。



「うわあ、びっくりした!」



 レイの叫ぶ声と、下で見ていたルーク達の叫ぶ声が重なる。

「あ……ありがとう、ござい、ます……」

 レイとシルフ達に支えられて固まったままで何とかそれだけを言うティミー。

「大丈夫? 一度降りた方がいいかな?」

 心配そうなレイの声に頷きそうになったティミーだったが、小さく深呼吸をしてから大きく首を振った。

「大丈夫です。次はもっと上手くやります」

 断言する彼を見て、ルーク達が揃って拍手をした。



 はっきり言って、まだティミーがいる位置は木登りしたと言える程の高さではない。

 ルーク達なら手を伸ばすまでも無くそのまま届くし、ちょっと頑張って飛び上がれば、助走無しでも飛び乗れるくらいの高さだ。

 それでも小柄なティミーが登るには恐怖を感じるであろう高さだ。

 それなのに、まだやると自分から言った彼の勇気を皆が笑顔で讃えた。



「分かった。じゃあ離すからね」

 レイがそう言って、ゆっくりと掴んでいた手を離す。それに合わせてシルフ達が一斉に体を持ち上げて起こしてくれた。

「ありがとうね」

 笑って離れていくシルフ達にそう言って枝を掴んだ状態のままでゆっくりと深呼吸をしたティミーは、まずは足を一歩前に踏み出し、ゆっくりと太い幹の上を進んで行く。

 それからさっきの枝を改めて掴み、また登る。

「そう、次は左に張り出した枝を掴めるよ」

 後ろから聞こえるレイの声に、無言で頷く。

 ふわりと浮き上がった一人のシルフが、彼の目の前で一回転してから左側の枝を指さす。これを掴めと言いたいのだろう。

「これだね」

 小さな声でそう言い、ゆっくりと枝を掴む。

 そのままもう少し進んで、ようやく目的の大きな木の股に到着した。

『よく頑張ったな。ほらここに座ってごらん』

 ターコイズの声が聞こえて、ティミーは笑顔でシルフが指差す場所にゆっくりと座った。



「うわあ、高い!」



 先ほどと同じ言葉だったが、そこに込められた感情は全く違っていて、嬉しくてたまらない楽しくてたまらないと言わんばかりの弾むような声に、ルーク達がもう一度拍手をしてくれた。

「上手に登れたね」

 後ろから続いて登って来たレイが、そう言ってティミーの隣に座る。

「はい! 僕、初めてこんな高い木に登りました!」

 目を輝かせるティミーと、レイは笑って拳をぶつけ合った。

 今ティミーが座っているのは地面から2メルト半くらいの高さの場所で、ルーク達が下から見上げているのに気付いたティミーは得意満面で手を振った。

「お見事。どうだい、そこからの眺めは」

「最高です。それに、ここからならゲイルが見えます!」

 地面にいた時には見えなかったが、木々の隙間から首を伸ばしてこっちを見ている二頭の竜の姿が見えて、ティミーは思わず枝を掴んで立ち上がって大きく手を振った。

 急にティミーが立ち上がるのを見たルーク達が、まさか落ちるのかと驚いて駆け寄ろうとしたが、ティミーはそれに気づかず、ご機嫌で竜達に向かって手を振り続けている。



「おお、意外に大物になりそうだな」

「確かに、あんなに怖がっていたのに、あの動きは無いだろう」

 苦笑いするルークとロベリオの会話を聞いて、ユージンとタドラも揃って小さく吹き出したのだった。




「ええと、登ったら降りないと駄目なんですよね」

 ようやく我に返ったティミーは、今更ながらに自分が立っている高さに気付いて青ざめている。

「それならシルフ達に支えてもらって飛び降りてみればいいよ」

 笑顔でそう言ったレイが真下を指差す。

「ええ、ここから飛び降りるんですか! そんなの絶対無理ですって!」

 慌てたように首を振るが、ルーク達も笑って手招きをしている。

 無言で下を見下ろしたティミーは、縋るようにレイを見た。

「じゃあお手本を見せるね。大丈夫だよ、シルフ達が守ってくれるからね。じゃあ、飛び降りる時にこう言えば良いよ。シルフ、飛ぶから体を支えて地面までゆっくり降ろしてね。って」

 笑顔でそう言って立ち上がったレイは、本当にその場から下に飛び降りたのだ。

 悲鳴を上げて身を乗り出すティミーだったが、レイはまるで木の葉のようにふわりと浮き上がりそのままゆっくりと地面に向かって降りて行った。ティミーを怖がらせないように、速度はいつもよりかなりゆっくりめだ。

「すごい、シルフに頼めばあんな事が出来るんだ……」

 呆然とレイがわざとゆっくり地面に降り立つのを、ただ見つめていた。

「ほら、こんな感じ。最初はちょっと怖いかもしれないけど、大丈夫だから飛んでごらん」

 振り返って見上げるレイの言葉に、ティミーは息を呑んだ。

「ゲイル、シルフ達。飛ぶから体を支えて、地面まで出来るだけゆっくり降ろしてね」

『ああそれで良いぞ』

『大丈夫だ飛んでごらん』

 ターコイズの声が聞こえて、小さく頷いて唾を飲み込んだティミーは目をぎゅっとつぶって軽く前に飛び出した。

 ガクンと一瞬だけ落下を感じて悲鳴を上げたが、その直後にシルフ達が一斉に彼の周りに集まって空中で彼の体を支えた。

『大丈夫だよ目を開けてごらん』

 また優しいターコイズの声が聞こえて、恐る恐る目を開けたティミーはそのまま驚きのあまり硬直してしまった。



 だって、自分の体が何もない空中に浮かんだままで止まっていたのだから。



 そのままゆっくりと、ありえないほどにゆっくりと自分の体が降下していくのを、目を開いたティミーは呆然としたまま言葉も無く見ていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ