愛しの竜の主達
「うわあ、何この頭!」
洗面所へ駆け込んで鏡を覗き込んだティミーは、右半分が綺麗に全部三つ編みにされている自分の髪を見てそう叫び、その場に膝から崩れ落ちて笑い転げていた。
「凄いや! ねえ、これって君達がやったの?」
集まって来て、笑い転げるティミーを見ていたシルフ達に、ティミーが話し掛ける。
『可愛い可愛い』
『可愛い主様の髪はサラサラ』
『素敵素敵』
『素敵な主様の髪は艶々〜』
彼の目の前で、シルフ達が大喜びで口々にそう言ってはしゃいでいる。
シルフ達は、初めてのティミーへの悪戯が大成功してすっかりご機嫌になっている。
「こら、君達。幾ら何でもやりすぎだよ」
ようやく起きて洗面所へやって来た鳥の巣みたいな頭のレイが、三つ編みだらけになったティミーの頭を見て、こちらも大笑いしながらシルフ達を突いている。
『だってサラサラなんだもん』
『素敵素敵』
『ずっと触っていたかったんだもん』
『可愛い可愛い』
悪びれもせずに大喜びで答えるシルフ達に、レイがまた声を上げて笑う。
「気持ちは分かるけど、あれはやりすぎだって。ああ、じゃあこうしようよ。ティミーの部屋にもあの毛足の長い絨毯を置いてあげるから、三つ編みはそこでやってください。ねえティミー、僕みたいにちょっとくらいの三つ編みならシルフ達が編んでも構わないよね?」
「ええ、どういう事ですか?」
ようやく笑いの収まってきたティミーが、立ち上がってレイの言葉に不思議そうに振り返る。
そこでレイは自分に部屋に置いてある毛足の長い絨毯の話を教えてやり、自分のこめかみを指差して、彼女達にここだけは編んでも良いと言ってある事も話した。
「ああ、レイルズ様のそのこめかみの三つ編みって、いつもシルフ達が編んでいたんですか?」
「そうだよ、ほらここ、今日も綺麗に編んでくれてるでしょう」
得意気に、こめかみのごく細い三つ編みを摘んで見せる。
「ええ、どうしようかなあ」
笑って自分の前髪の三つ編みを引っ張る。
「ねえ、この辺りに二、三本くらい固めて編んだらどうですか?」
右前髪の横、ちょうど眉の端にかかる辺りを指差して、そこにあった数本を摘んで見せる。
「ああ、僕と同じじゃなくてその場所にするんだね。良いんじゃない。じゃあそこだけ残してもらってみれば良いよ。ねえ、ラスティ」
振り返ったレイは、後ろに控えていたラスティと、執事のマーカスを振り返る。その後ろにはいつも離宮にきた時にお世話になる年配の執事が控えていた。
「そうですね。ではそのようにしてみましょう。ですがまずはお二人とも顔を洗ってください」
大真面目なラスティの言葉に顔を見合わせた二人は元気に返事をして、二つ用意してくれてある水桶のうちの一つを取り合いっこしながら、同じ桶で一緒に顔洗った。
「では、失礼いたします」
丸椅子に座らせたティミーの後頭部の辺りの三つ編みをマーカスが解き始める。
見るからに固く編まれた三つ編みは、一本解くだけでも相当な時間が掛かるだろう。気が遠くなる思いを呑み込みとにかく解き始める。
水桶の横では、レイがラスティに手伝ってもらって髪を濡らしている真っ最中だ。あの寝癖も相当な時間がかかると思われるが大丈夫だろうか。
一瞬よそ見をして手元に視線を戻した時、マーカスは自分が見た事が信じられなかった。
硬く編まれていた三つ編みが、まるで生きているかのように一瞬で緩んで解けたのだ。
若干編み癖が残っているが、この程度ならすぐに綺麗に戻るだろう。
驚きに声も無く目を瞬いていると、ラスティの笑う声が聞こえた。
「我々には見えませんが、今のはシルフが手伝って解いてくれたのですよ。竜の主のお世話をしていると、こんな事は日常茶飯事ですからね。貴方も早く慣れてください」
「お、おう。かしこまりました。覚えておきます」
なんとかそれだけを答えたが、視線は解けた髪に釘付けのままだ。もう一人の執事も、そんなマーカスの様子を見て密かに笑いを堪えて黙って頷いていた。
結局、次々に勝手に解ける三つ編みを櫛でといて濡らすだけで、あっという間に髪は元通りになった。
一応、ティミーの希望で前髪右側の三つ編みを三本だけ残しておいたが、色紐で括れば妙に似合っていて可愛らしくなり、ティミーはレイとお揃いの色紐に大喜びしていた。
『おはよう』
『ルークだよ』
『もう二人とも起きてるかい』
二人が部屋に戻って揃って着替えをしていると、ベッドにルークからの使いのシルフ達が現れて彼の言葉を伝えてくれる。
「ああ、おはようございます。今着替えてるところだよ」
『じゃあ起きたら庭へどうぞ』
『今朝も朝食は庭にテーブルを出してくれているからね』
「はあい、終わったら行きます!」
嬉しそうに声を揃えて返事をした二人の声に、ルークの使いのシルフは、笑って手を振ってからくるりと回っていなくなった。
「そっか、伝言のシルフ達だって、これからは精霊通信の部屋まで行かなくても自分で呼べるようになるんですね」
ティミーが感心したようにそう呟いている。
「そうだよ、でもその為には早くシルフ達と自由に話せるようにならないとね」
笑ったレイの言葉に、ティミーは目を輝かせて大きく頷いた。
「はい、頑張ります。竜の面会が終わったらすぐに本部へ引っ越してきますので、そうしたら精霊魔法訓練所へ通うんだって聞きました」
「そうだよ。僕もそこで精霊魔法に関する事を一から全部教わったよ。それだけじゃなくて、一般教養の授業も取ったから、もう大変だったんだよ」
「そっか。レイルズ様は一般のご出身だったから、勉強することはそれは沢山あったんでしょうね」
笑うティミーに、レイはここへ来て初めての頃、生まれて初めて受けた試験で、地理と歴史、それから精霊魔法の系統については、書いている質問の意味さえ分からなかった事を話した。
ティミーは貴族の長男として幼い頃から様々な事を学んできているので、レイやカウリとは初めから授業内容も大きく違うだろう。
「でも、僕も精霊魔法に関しては全くの素人です。精霊の名前くらいは知っていますけど、あとは物語に出てくる事を読んでちょっと知ってるくらいですね」
「それだけでも全然違うよ。もちろん、疑問があればいつでも質問して良いよ。僕に分かる事なら何でも教えてあげるからね」
「はい、よろしくお願いします」
嬉しそうに目を輝かせるティミーとレイは笑って手を叩き合うのだった。
身支度を整えて仲良く庭へ駆け出して行く二人の後ろからは、勝手に集まって来てすぐ側で二人をずっと見ていたシルフ達が、遅れないように彼らの後について嬉しそうに外へ出て行った。
ブルーのシルフとターコイズの使いのシルフも、彼らの後を追って急いで外へ出ていくのだった。




