朝の大騒ぎ
『寝てるね』
『寝てるね』
『起こすの?』
『どうするどうする?』
翌朝、いつもの時間に集まったシルフ達は、ベッドで仲良く並んでお腹を出したまま熟睡しているレイとティミーを見て、笑いながらお互いを突き合うようにして楽しそうに囁き合っていた。
「う、うん……」
枕に抱きついたレイが、呻くようにそう言って枕ごと寝返りを打つ。
寝ていたティミーに半分のし掛かるようにして転がったレイは、そのまままた眠ってしまった。
しばらくすると下敷きになったティミーが、嫌がるように半分だけ寝返りをうち、レイの体の下から器用に寝たまま逃げ出す。そしてそのままスウスウとまた気持ち良さそうな寝息を立てていたが、不意に足を動かしてジタバタした後に、レイの体の上へ足を乗り上げるような状態で落ち着いてしまった。
そのまま気持ちよさそうに、揃って熟睡している二人を見ていたシルフ達は、お互いを見て嬉しそうに頷き合った。
『寝てるね』
『寝てるね』
『起こすの?』
『起こすの?』
『起こさないで一緒に寝るの!』
最後は全員そろって嬉々とした声でそう言うと、二人の髪の毛の隙間や胸元、それから枕と顔の隙間など、それぞれ思い思いの箇所に潜り込んで、一緒に寝る振りを始めた。
そして出遅れて入れるところが無くなってしまったシルフ達は、当然のようにレイのふわふわな赤毛に集まり、いつものように嬉々として編んだり絡めて遊んだりし始めた。
しかし、肩の少し上のあたりで切り揃えられている真っ直ぐでやや硬めのティミーの髪は、どうやらシルフ達が編んだり絡めたりして遊ぶにはあまり適さない髪質だったようで、あまり人気が無い。
何人かのシルフ達が彼の髪の毛を束にして手に取っては、サラサラと手から流れ落ちるその様子を眺めて楽しんでる程度だ。
なので、レイのように絡まったり酷い寝癖がつくような事態にはなっていないのだった。
その後、一応いつもの時間に起こしに来たラスティとティミーの執事のマーカスが見たのは、ベッドの上で仲良く熟睡している二人の姿だった。
しかし、レイは枕に抱きついたうつ伏せ状態で熟睡しているのだが、寝巻きは捲れ上がっていて背中が半分以上見えている状態だし、そのレイの体に投げ出した足を乗せて、こちらは仰向けで口を開けたまま熟睡しているティミーの姿という珍しい光景だ。
そして、レイの髪の毛はいつもの如く鳥の巣のような酷い寝癖でくしゃくしゃになっていて、あちこちに絡まり合った髪の毛の束が好き勝手な方角を向いているし、ティミーの髪の毛は、なぜか頭の右半分だけが全部、何本もの綺麗な細い三つ編みにされていると言う、何とも笑える状況だった。
「こ、これは一体……」
まさかのティミーの姿に絶句するマーカスの背中をラスティが叩く。
「貴方にも、これからはこれが日常になりますよ。覚えておいてください。竜の主は、伴侶となられた竜だけでなく、精霊達からもとても愛される存在なのです。ですが彼女達の愛し方は少々変わっていて、愛しい主に触れたいがために、時に酷い悪戯をしたりもします。レイルズ様の髪は、ご覧の通り柔らかくてふわふわなので、彼女達にいつも大人気なのですよ。おかげで毎朝、多少の差はあれあんな状態なのです」
平然とそう言って笑っているラスティを見て、マーカスは戸惑うように首を振った。
「あの、失礼ですが……あの髪は解くだけでも相当な時間が必要なのでは?」
鳥の巣状態のレイの髪と、右半分が全部細い三つ編みになっているティミーの髪を見て、今日の予定を思い出してマーカスが慌てている。
今すぐにでも彼らを起こして、複数の執事を呼んで対処しないと、とてもでは無いがあれを解くだけでも相当の時間が掛かるだろう。
「そうですね。ですがもう少し時間がありますので、せめて九点鐘の鐘が鳴るまでは寝かせておいて差し上げましょう」
「ですが、それでは……」
「大丈夫ですよ、ご心配なく」
もう一度マーカスの背中を叩いたラスティは、そのまま彼を押して部屋から一緒に出て行ってしまった。
それを見送ったシルフ達は、嬉しそうに頷き合って、またレイの髪の毛に飛び込んで行ったのだった。
「ううん……暑い……」
呻くように呟いて寝返りをうとうとしたティミーは、なぜか動かない下半身に気付いて驚いて目を開いた。
「あれ、ここ、何処……?」
寝ぼけた頭で、見慣れない天井を見て考える。
「あ、そうか。離宮に泊まらせてもらったんだっけ」
小さくそう呟いて、何とか手をついて起きあがろうとして、自分の足がレイの体の上に投げ出されている事に気付いた。
「うわあ、レイルズ様、ごめんなさい!」
慌ててそう言い、必死になって手をついて起き上がり何とか足を下ろす。
「うわあ、待って。腰が痛い!」
不自然な体勢で寝ていた為だろう、急に襲ってきた腰の痛みにティミーはまたベッドに転がって一人で悶絶していた。
『痛いの痛いの飛んでけ〜』
不意に声が聞こえ、その直後に腰の痛みがずっと楽になる。
「ええ、今の何?」
起き上がってみると、シルフが一人、足の上で笑って手を振っているのと目が合った。
『おはよう。よく眠れたようだな』
「ああ、おはようゲイル。うん、すっごく楽しかったし、ベッドの寝心地も良かったよ。おかげでぐっすり。ねえ、それよりもしかして、今、腰が痛く無いようにしてくれたのって、貴方?」
『ああ、癒しの術をシルフを通じて届ける方法をラピスに教えてもらっているのだよ。どうだ。少しは楽になったか?』
少し得意げなその様子に、ティミーが満面の笑みになる。
「凄いやゲイル。ありがとうね、これなら大丈夫だよ、ちょっと柔軟体操をすれば楽になる程度になったよ」
目を輝かせてそう言うと、まだ隣で熟睡しているレイを起こそうと思って振り返った。
しかし、目に飛びこんできたその豪快な寝癖を見て、堪えきれずに吹き出す。
ひとしきり笑った後、そのまま無意識に自分の髪の毛に触ろうとして、ティミーは、自分の髪の異変に気づいた。
「ええ、ちょっと待って! 何この髪は!」
悲鳴のようなその声を聞き、ラスティとマーカスが部屋に飛び込んで来るのと、息を潜めて見ていたシルフ達が、一斉に手を叩いて大喜びするのは同時だった。
「マーカス助けて! ねえ、一体何が起こったの、僕のこの頭はどうなってるの!」
情けない悲鳴を上げてパニックになるティミーと、駆け寄ったはいいが、どうしたら良いのか分からずにオロオロするマーカス。
そんな大騒ぎを尻目に、全く動じずに気持ちよく熟睡しているレイを見て、ラスティは笑いを堪えるのに必死になっていたのだった。




