不安と笑顔
「ええ、そうなんですか。今のタドラ様を見れば、そんな事、とても信じられません」
優しい声で教えてくれた、タドラが竜の主になって直ぐの頃は本当に痩せていて、女性よりも腕が細かったという話に驚きに目を見開いたティミーは、小さな声でそう言ってタドラを見上げた。
今の彼は、決してヴィゴ様のような筋骨隆々という訳ではないが、しっかりと鍛えているのが分かる。握手した時の手は、タコだらけのとても硬い武人の手をしていた。
「まあ、身体作りはそう簡単じゃあないからね。時間はかかるよ。ティミーはまだまだ成長期なんだから、焦らずに一つずつ積み重ねていけばいいよ」
自分が平均よりもかなり小さい身体であることを自覚しているティミーは、悔しそうにしながらもタドラの言葉にしっかりと頷いた。
「それともう一つ。夜は眠れている?」
「はい、以前はその……いろいろ不安になって眠れない事もありましたけど、今はぐっすり朝まで熟睡出来ています」
「ああ、それなら良かった。僕が当時、ガンディから教えてもらったんだけど、身体の、特に成長期の骨は寝ている時に大きく育つんだって。だから、夜はしっかり眠るように言われたよ。まあ、残念ながら僕の場合は、身長はここへ来てからはあまり伸びなかったけどね」
笑って肩を竦めるタドラは、竜騎士隊の中では一番背が低い。それでもティミーにしてみれば、見上げるくらいに大きな大人の人だ。
「今は猫のセージが来てくれて、毎晩一緒に寝ているんです。そろそろくっついて寝るのは暑くなってきましたけど、あの子がそばにいてくれたら、不思議とぐっすり眠れるんです。ふわふわで、すっごく可愛いんですよ」
嬉しそうに話すティミーのその言葉に、タドラも笑顔になる。
「もしかして猫のセージって、マティルダ様が飼っておられた、奥殿で産まれた子猫の中の一匹?」
「はい、ライナーとハーネインが、僕のところにも猫をあげてくださいって、お父上であるゲルハルト公爵様にお願いしてくれたんです。それで閣下から王妃様にお願いしてくださって、セージが我が家に来てくれたんです。本当にすっごくすっごく可愛いんですよ。甘えん坊で、夜はいつも僕のベッドで一緒に寝てるんです」
「へえ、そうなんだ。でも残念だけど兵舎は愛玩動物は飼育禁止だね」
「はい、それはロベリオ様からも伺っています。一の郭の屋敷には時々帰れるって聞いているので、その時に思い切り遊ぶので我慢します」
「それじゃあ、今度奥殿へご挨拶に行く時に、マティルダ様が飼っておられる子達にも挨拶しないとね。猫のレイはそりゃあ大きいからきっと驚くと思うよ」
「噂は聞いていますけど、本当にそんなに大きいんですか?」
「そうだねえ。多分毛が長いから実際よりも大きく見えるってのはあるんだろうけど、雄猫のレイは間違いなく普通よりも大きいね。どれくらいかって言ったら、レイルズの膝に座って寝ていたら、彼の足が痺れて立ち上がれなくなるくらいには大きいよ」
大真面目なタドラの言葉に、ティミーは堪える間も無く吹き出した。
「うわあ、それはちょっと見てみたいです。楽しみにしてますね。でも、レイルズ様でも足が痺れてしまうんなら、僕だったらどうなるかな?」
「まあ、膝を占領されたら立ち上がれなくなるのは確実だろうね」
腕を組んだタドラの言葉に、顔を見合わせた二人は同時に吹き出して大笑いになった。
「お待たせ。あれ、どうしたんだい。何だか楽しそうだね」
丁度その時、林の中の道からロベリオ達がラプトルに乗って駆け込んできた。
楽しそうに笑っているタドラとティミーを見て、軽々と飛び降りたロベリオが駆け寄って来る。ユージンとルークもそれに続いてラプトルから降りた。
「お仕事ご苦労様です。お越しになるのを待ってました!」
嬉しそうにそう言って笑うティミーと手を打ち合わせる。ロベリオに続いて駆け寄ってきたユージンとも手を打ち合わせてから一緒に机に戻った。
ルディと楽しそうに話をしていたレイも、ロベリオ達が来たのに気付いて笑顔で振り返る。
「お仕事ご苦労様でした。もうお肉が焼けてるよ。早く食べようよ!」
レイの言葉にロベリオ達が笑って拍手をして、彼とも笑顔で手を叩き合った。
「何かあった?」
小さな声でルークがタドラに尋ねる。
「ティミーは少食みたいだから、無理して食べなくて良いって言っておきました。それと、僕もここに来た当初は痩せてて細くて、身体作りには苦労した話とかをね」
それを聞いたルークは真顔になって無言で頷く。
「それと、夜は眠れてるみたいです。猫と一緒だとよく眠れるんだって嬉しそうに言ってました」
「ああ、それはロベリオから聞いたよ。ううん、だけど兵舎は愛玩動物は禁止だからな」
「そうですね。でも本人は納得しているみたいだから、それは様子を見る程度でいいと思います。近いうちに、ティミーを連れて奥殿へ挨拶に行くんですよね。その時、奥殿の猫達に触らせてあげれば良いのでは?」
「そうだな。マティルダ様の予定を確認しておくよ」
顔を見合わせて頷き合った二人は、満面の笑みのレイが必死になって手招きしているのを見て揃って笑顔になる。
「はいはい。腹減り小僧は、もう一秒だって我慢出来ないってか」
からかうようにそう言って笑い、椅子に座ったルークは隣に座ったレイのふかふかな赤毛を突っついてやる。
「だって、肉の焼ける良い匂いばかり嗅がされて、食べられないなんて拷問だったんです!」
笑ってそう叫び泣く振りをするレイの言葉に、全員揃って大笑いになるのだった。
「それじゃあいただくとするか」
ルークの言葉に、それぞれの前に置かれたグラスにワインが注がれる。
ティミーの分は、もちろんジュースだ。
「精霊王に、感謝と祝福を」
食前の祈りの後、ルークの言葉にまずは全員揃って乾杯する。
それからその後は、当然のように肉の争奪戦が起こり、皆嬉々として料理を取り合っていた。
ティミーも用意してくれていた刻んで柔らかくした肉の焼いたのをもらい、小さく切っては口一杯に嬉しそうに頬張っていたのだった。
そんなティミーの側にはターコイズの使いのシルフが常に寄り添い、一生懸命食べる彼を愛おし気にずっと見つめていたのだった。




