明日の予定と新作のケーキ
「やめてください〜! それは無理〜〜〜!」
レイの悲鳴に皆が笑っていると、開いたままの扉をわざわざノックする音が聞こえて慌てて振り返る。
「おやおや、賑やかだね」
笑いながらそう言うロベリオとタドラの後ろに、隠れるようにして部屋を覗き込むティミーが見えてレイは笑顔で立ち上がった。
「いらっしゃいティミー。ターコイズの所へ行っていたんだって?」
「はい、実はまだ夢を見てるみたいだったんですけど、ゲイルに会えて夢じゃなかったんだって確認して来ました」
照れたように笑うティミーの背中をロベリオがそっと押して、並んで部屋に入る。
「夢なんかじゃあないよ。ほら入って」
「はい、ここがティミーの席だよ」
ロベリオとユージンの隣に新しい椅子が置かれていて、他の皆の椅子よりも少し分厚いクッションが敷いてある。レイもここへ来てすぐの頃にしばらくお世話になった、座高を高くしてくれる有難いクッションだ。
「ありがとうございます」
それを見て笑顔になったティミーが、椅子に座る。
他の皆も、書類を置いて席についた。
「あれ、一緒に来たってことは、タドラも一緒に迎えに行っていたの?」
自分の席に座りながらレイが不思議そうに隣に座ったタドラを振り返る。
「ううん。僕は神殿に朝から打ち合わせに行ってて、ついさっき戻ってきたところ。それでちょっとベリルの顔が見たくなってそのまま竜舎に寄って来たんだよ。そうしたら丁度ロベリオとティミーがいてね。それで一緒に戻ってきたんだ」
「そうだったんだね。いいなあ、僕も明日にでも離宮へ行ってブルーに会って来よう。えっと西の離宮なら行っても良いですよね?」
「ああ、構わないぞ。そうだ。どうせ暇なんだから俺も行こうかなあ。あそこの本をちょっと読みたい」
レイの言葉に頷いたルークが、いいことを思いついたと言わんばかりに手を打った。
竜の面会期間中は、竜騎士達は基本的に本部待機となっている。しかし、西の離宮程度の距離ならば何かあってもすぐに戻れる距離なので大丈夫とされている。
嬉しそうに頷くレイを見てティミーが目を輝かせる。
「ええ、レイルズ様の竜なら、僕も会ってみたいです」
ティミーにそう言われて、レイは思わず返事をしかけて慌ててもう一度ルークを振り返った。これは自分が勝手に決めて良い事ではないだろう。
「えっと、ティミーも一緒でも構わないですか?」
「ロベリオ。ティミーの明日の予定は?」
ルークは、レイに答える前に指導担当のロベリオに確認する。
「大丈夫だよ。明日はお休みにする予定だったからさ。西の離宮の本を読めるのなら、午後からなら俺も行きたいなあ。午前中は一件だけど打ち合わせが入ってて外せないんだよなあ」
残念そうなロベリオの言葉に、ルークがにんまりと笑う。
「それなら、俺も午前中はちょっと予定があるから、二人で先に行かせておいて後から追いかけよう。それで昼は皆で離宮で食べればいい。あ、ユージンとタドラはどうだ?」
「僕は明日はお休みにするつもりだったから、一日空いてます」
タドラは笑顔でそう答えて、レイと笑って手を叩き合う。
「俺も午前中は駄目だけど、午後からなら大丈夫だよ」
ユージンもそう言って笑っている。
「いいじゃないか、若者組で行っておいで。大人組は一日予定が入ってるから駄目だけどな」
ちょっと悔しそうなマイリーの言葉に、ヴィゴとカウリも苦笑いしつつ頷いている。
「じゃあ本読みの会、お試し編。だな」
笑ったルークの言葉にレイも笑顔で頷く。
「そうですね。じゃあその予定で決定だね」
嬉しそうなレイの言葉に、ティミーが不思議そうに首を傾げる。
「レイルズ様、本読みの会って何ですか?」
「えっとね、西の離宮にマティルダ様やガンディ、それにディレント公爵閣下からもたくさん本を頂いてるんだ。もう凄いんだよ」
本がたくさんあると聞き、ティミーが嬉しそうに目を輝かせる。
「だから、僕が正式に竜騎士になったら、本読みの会って倶楽部を立ち上げる予定なんだ。場所は西の離宮と一の郭の瑠璃の館。瑠璃の館にも沢山頂いた本があって、僕だけじゃあ一生かかっても読み切れないくらいにあるんだ。だから皆にも読んでもらおうと思ってね。えっと、僕はまだ読めてないけど、政治経済に関する本も沢山あったよ。きっとティミーなら読めると思うな」
「ああ、それは素晴らしいですね。個人で立ち上げる倶楽部なら、誰を呼ぶかも個人の采配で出来ますから」
さすがに、その辺りには詳しいティミーが感心したように笑う。
「って事で、一応俺が臨時の代表になって倶楽部設立の申請は提出済みだよ。まあ、あくまで個人の趣味の倶楽部だからね、部員は竜騎士達と、後はレイルズの友人程度の予定だよ」
「それなら安心ですね。是非僕も入れてください」
「もちろん、えっと出来れば政治経済に関しての講義をお願いします〜!」
「ああ、年下に丸投げしたし」
「だって、得意な人から教わるのは正しい事だと思います!」
何故か胸を張ってそう言うレイのその言葉に、あちこちから吹き出す音が聞こえて、大笑いになったのだった。
「そう言えば、レイルズが喜びそうなおやつが届いているよ」
話が終わったタイミングでマイリーがそう言い、出されたカナエ草のお茶の横に、初めて見るケーキの乗せられたお皿が置かれる。
それは輪切りにしたレモンを乗せてある焼き菓子で、側には恐らくレモンのジャムと思われる黄色い柑橘系のジャムが添えられていた。
「昨日届きました。緑の跳ね馬亭の初夏の新作の焼き菓子でございます。レモンの砂糖漬けを飾った焼き菓子で、中にも刻んだレモンの砂糖漬けが入っております。レモンのジャムと一緒にどうぞ」
「緑の跳ね馬亭? 初めて聞きますが、新しいお店ですか?」
ティミーも目の前に置かれたケーキを見て嬉しそうにしつつ首を傾げている。
オルダムの有名なお菓子の店なら、母がお菓子好きなのでそれなりに詳しいティミーだが、その名前は初めて聞く。
「はい。ブレンウッドにある宿屋兼食堂なのですが、お菓子がとても美味しく、レイルズ様とルーク様が以前お土産にお持ちになられたほどです。それ以降、定期的にやり取りする荷物と一緒にバルテン男爵が送ってくださるのです」
丁度、ケーキを出したタイミングだったのでラスティが教えてくれて、バルテン男爵の名前を聞いて納得したティミーが、嬉しそう頷く。
「これは僕も初めて食べるね。でもきっと美味しいんだろうって事は分かるよ」
レイの言葉に顔を見合わせて笑顔で頷き合った二人は、揃って笑顔で一切れ新作のケーキを切って口に入れた。
「美味しいです!」
綺麗に揃った声に、また部屋は笑いに包まれたのだった。




