酔っ払いの所業
食事を終え部屋に戻ったレイは、午後からは天文学の予習をして、その後の時間はのんびりと本を読んで過ごした。
『お休みの日の時間の過ごし方もすっかり慣れたようだな』
「ああ、ブルー。そうだね、少なくとも何をしたらいいか分からない、なんて事は無くなったね」
笑ってブルーのシルフにキスを贈ると、ソファーに半ば転がるようにして本を読んでいたレイは、ふと気が付いてソファーに置かれたクッションを見た。
「これって初めて見るけど、新しいクッションなのかな? ちょっと違うけどこの色ってブルーの鱗の色みたいだね」
読みかけていた本に栞を挟んでテーブルに置き、代わりに青いクッションを抱える。
「抱き心地がいいんだよね、これ。うん、これはベッドに置いてもらおう」
小さくそう呟いた時、お茶のセットを乗せたワゴンを運んで来てくれたラスティがその言葉を聞いて吹き出しかけて咳き込むのが見えた。
「あれ、どうしたのラスティ?」
ソファーに寝転がったままラスティを見上げると、彼は笑いを堪えてレイが抱えているクッションをそっと叩いた。
「これは、昨夜の夜会の後に飲み会が開催されたアジュライトの間から、レイルズ様が持って帰って来られたクッションですよ」
笑顔のラスティの言葉に、レイは慌てて抱えたままの青いクッションを見た。
「ええ、もしかして僕が勝手に持って帰ってきちゃったの?」
頷かれて冷静に昨夜の自分を思い出して見たが、何故か途中から記憶がところどころ抜け落ちている上に本部へ帰ってた時の記憶が無い。
「嬉しそうにずっと抱えたままでお帰りになられましたよ。蒼竜様の鱗のようだとおっしゃられていましたので、どうやら相当お気に召したようですね。念のため今朝城の担当執事に確認しましたら、そのままお部屋でお使いいただいて問題無いとの事でした。備品の登録を済ませておきましたので、お使いいただいて問題ありませんよ」
何でも無い事のように言われてしまい、レイは抱えたままの青いクッションを見つめた。
「ええ、酔っ払ってクッションを持って帰って来ちゃったって事だよね」
「まあ、そうなりますね」
笑いを堪えたラスティの言葉に、レイは情けない悲鳴を上げてクッションに顔を埋めた。
「恥ずかし過ぎる。しかも、僕、これを抱えたまま戻ってきたの?」
笑って頷くラスティを見て、そのまま向きを変えてソファーに突っ伏した
「駄目、恥ずか死ねる……」
呻くように呟いたその言葉に、とうとうラスティは堪えきれずに吹き出したのだった。
「ご心配には及びませんよ。クッション一つ程度なら可愛いものです。それに時間も遅かったですから、宴に参加されていた方以外には、殆ど見られていた心配はないと思いますね」
「とっても気の休まる慰めをありがとう。でも残念ながらあの宴には、僕が交流のある方はほとんど参加しておられたんだよ。ああ、どうしよう。僕、次の夜会にどんな顔して参加すれば良いんだろう」
カナエ草のお茶を前にしても、まだ情けなさそうにそんな事を呟いているレイを見て、ラスティは小さく笑って顔を上げた。
「大丈夫ですよ、少しくらいは何か言われたりからかわれるかもしれませんが、他の皆様がやらかした事に比べれば、クッション一つ程度なら可愛いものです」
その言葉に、不意に黙ったレイは恐る恐るといった風に顔を上げる。
「それって、もしかして……他の皆も、いろんな物を持って帰ってきた事があるって意味?」
ラスティを見ると、彼は笑いを堪えた顔で小さく頷く。
「ええ、聞きたいです! 皆何を持って帰ってきたの?」
「そうですねえ。レイルズ様と同じく、クッションはだいたい皆様一度は持って帰られていますね。次に多いのは空になったワインのボトルやグラス。燭台をお持ちになられた方も複数いらっしゃいますね。あとは壁にかけてあった絵画や彫刻など。それから他の方のシガーケース。花瓶。暖炉に設置してあるふいごをお持ちになった方もいらっしゃいましたね。あとは他の方の装備品や小物類。ああ、氷がぎっしりと入ったアイスピッチャーを抱えて来られた方もいらっしゃいますね」
「何それ! 面白い!」
声を立てて笑うレイを見て、ラスティも笑った。
「大抵はすぐに気がついて返却しますが、他の方の持ち物の場合は、それが誰の持ち物なのかを調べるのが大変なこともありますね。ですがどこの物だったのかはすぐに分かったのに返却するのが一番大変だったのは、私が知っているのなら、ロベリオ様が抱えて帰って来られた、城の中庭に置いてあった精霊の石像でしょうね。あれは本当に重かったですからねえ」
「精霊の、石像?」
持って帰ってくる意味が分からなくて、レイが不思議そうに目を瞬いて首を傾げる。
城の中庭とひとくちに言っても広い庭もあればごく小さな庭もあり、当然置かれている石像も多岐にわたる。
特に精霊の石像やレリーフは人気があるらしく、ちょっとした植え込みのある庭ならば複数箇所に渡って置かれていても珍しくない。
「えっと、重いって、どれくらいだったの?」
無言でラスティが右手を前に差し出して高さを計るような仕草をする。
「多分、ここへ来られた頃のレイルズ様くらいはあったと思いますね。花を差し出すような仕草をしたシルフの石像だったのですが、エンバードと私と、それからモーガンの三人がかりで重量物専用の大型の台車に載せて返却に行きましたね。しかも、何故かその石像を載せてあったはずの台座の向きまでが変わっていて、庭師のドワーフ達の助けを借りて設置し直したんですよ。あれは本当に大変でした」
ため息を吐きながらしみじみとそんな事を言うラスティに、レイは呆れたように天井を見上げると、笑って頷いたシルフ達が一斉に右手を前に差し出してポーズを取って見せてくれる。
それは、何度かレイも参加した事がある、野外での宴が開催された広い庭に置かれていた石像のポーズと全く同じだったのだ。
「ええ、ちょっと待って。それってもしかして、東の中庭にあるあの花のシルフの石像の事なの?」
レイの大声にラスティが堪えきれずに吹き出し、それを聞いたシルフ達が揃って笑いながら頷く。
「ええ、いくらロベリオでも、あの石像を一人で持って帰るなんて……」
笑って自分を見つめるシルフ達に気付いて、ロベリオなら持って帰れるであろうある答えに辿り着く。
「ねえ、もしかして……君達が手伝ったの?」
『だってあれが欲しいって言ってくれたんだもん』
『私達みたいで素敵だって』
『だからお手伝いしたんだよ』
『それなのに叱られてた』
『残念残念』
『素敵な石像だったのにね』
得意気に揃ってそう答えるシルフ達を見て、ラスティに続いてレイも堪えきれずに吹き出して大笑いになる。
それからラスティと顔を見合わせてはまた笑うレイの肩の上では、ブルーのシルフとニコスのシルフ達が並んで座り、一緒になって楽しそうに笑っていたのだった。




