小さな恋の行方
マーク一人だけが神経をすり減らして、一行はようやく書斎に到着した。
ターシャ夫人と、それから一緒に歩いて来たロッシェ僧侶の椅子も引いてやるガンディを見て、レイも笑顔でクラウディアの為の椅子を引いた。
顔を見合わせて仲良く笑顔になる二人を見て小さく乾いた笑いをこぼしたマークは、ジャスミンの為にまたしても絨毯に椅子を引っ掛けつつ引き過ぎるくらいに椅子を引き、こっそりニコスのシルフに助けられていた。
小柄なニーカが座っているのは他の皆が座っているのよりも座面が一段高くなった子供用の椅子で、座った時に視線が同じになるように作られているのだ。
その椅子を、キムが勢いよく引いて彼女を座らせてから押し込んでやる。押し込むときにも豪快に絨毯をひっかけて音を立てていた。
普通はそんな事は出来ない。座るタイミングに合わせて軽く椅子を押してやる程度だ。ある意味、体重の軽い彼女だからこそ出来る荒技だろう。
それを見たグラントリーは、一瞬目を見開いたが呆れたように苦笑いをしてそっと首を振った。所作としては最低だが、しかしその場で注意するような事はしない。
何よりも、当のニーカがこれ以上ないくらいの良い笑顔なのだから、エスコート役としてはこれで良い。
机に積み上げたままになっていた本をそれぞれ好きに取り、真剣に読み始める。
マークは、ジャスミンに一礼してから立ち上がり、ガンディの隣に座ってノートを見せつつ真剣な顔で話を始めた。
それを見たキムも、自分のノートを持って慌てて側へ行き、ガンディを挟んで反対側に座る。
時折自分のノートも見せながら、真剣な顔で小声で話を始めた。
そうなると、レイも気になって自分のノートを持ってマークの隣に座る。
前回、興奮のあまり大声で討論してニーカを怯えさせた事を皆忘れていない。意識して顔を寄せて小声で話す彼らを、ニーカは愛おしげに見つめていた。
「皆、とっても優しいね。もう分かったから怖くないのにね」
本の山の上に座ったクロサイトの使いのシルフに嬉しそうにそう言うと、ニーカも真剣な顔で魔法陣の構築式に関する本に目を落とした。
「ありがとうございました。これで一度まとめてみます」
ため息と共にマークがそう言い、キムも同じくため息を吐いてからノートを閉じてガンディにお礼を言った。
「まあ、講義の組み立て方に関してはいつでも相談に乗ってやる故、行き詰ったら遠慮なくシルフを飛ばしなさい。儂が駄目でも誰か紹介してやるからな」
「うう、お願いします。はあ、ここから戻ったらいよいよ始まるぞ」
「うああ、考えただけで胃が痛くなって来た。俺、本当に大丈夫かなあ」
二人揃って顔を覆って悲鳴を上げるのを見て、ガンディが吹き出す。
「まあ最初から完璧を求めるな。講義するのは初めてだというのは皆分かっておるわい。開き直ることも大事じゃぞ」
「うう、頑張ります」
二人揃って机に突っ伏した後、もう一度大きなため息を吐いてから顔を上げた。
「じゃあ、あとはもう少し本を読ませて頂くとするか」
「そうだな。俺、ちょっと喉が渇いたから何か飲んでくるよ」
ノートを自分の席に置いたマークは、そう言って隣の部屋へ向かった。
書斎は飲食禁止のため、飲み物や軽食は隣の別室に常に用意されているのだ。
隣の部屋に入ると、用意されていた冷たいカナエ草のお茶をマークは立ったままカップに注いで一気に飲み干した。
「はあ〜〜」
息を全部吐き出すかのような大きなため息を吐く。それから用意されていた椅子に座った。そのまま脱力して背もたれに寄りかかって天井を見上げる。
「うああ、夢じゃない。夢じゃない……」
自分の頬をゆっくりとつねりながら小さく呟く。
その時、ノックの音がしてジャスミンが入って来た。
慌てて起き上がって座り直すマークを見て、ジャスミンは申し訳なさそうに深々と一礼した。
「あのね……」
顔は上げずに俯いたままだ。
「う、うん、どうしたんだ?」
慌てて彼女の方に向き直る。
「あのね……もしかして、迷惑だったら……お願いだから、遠慮……しない、で、そう、言ってね……」
俯きながら、ごく小さな消えそうな声でそう呟く。それは彼女の自信のなさの現れでもあった。
ジャスミンにして見れば、この想いは自分の一方的なものだと考えている。なので優しいマークは、それに無理に付き合ってくれているのだと思い込んでいるのだ。
しかし、いきなりそんな事を言われたマークは、茫然とその言葉を聞きながら目を瞬く。
「いや、迷惑だったら……最初に、そう言って、ま、す……」
その言葉に、目を見開いたジャスミンが顔を上げる。
見つめ合う形になった二人は、同時に耳まで真っ赤になった。
それから、二人揃ってアワアワと誤魔化すように何か呟いていたがどちらも明確な言葉にはならない。
「ああ、もう! 分かった! こうすれば良いんだな!」
突然、そう叫んで大きな深呼吸をしたマークは、勢い良く立ち上がってジャスミンの前に立った。
いきなりのマークの大声に驚いたジャスミンは、その場で硬直している。
ジャスミンの前に立ったマークは、もう一度深呼吸をしてからいきなりその場に跪いた。
「正直に申し上げます。俺は初めて貴女に会った時から、ずっと、すごく可愛くて素敵な方だと思っていました。だけど、だけど貴女が竜の主になった事で俺とは違う世界の人になったんだって思っていました。それなのに、それなのに俺の事を気にしてくださってると分かって調子に乗ります」
跪いて頭を下げるマークの言葉に、ジャスミンは固まったままだ。
「ご迷惑でなければ、その……その……お、お、お……」
「お?」
不思議そうに首を傾げるジャスミン。
「お、俺如きがお慕いする事を、その……どうか許しくだしゃい!」
部屋が静まり返る。
「う、う、う……」
「う?」
今度はジャスミンが何やら言葉に詰まって唸っている。
不思議そうに顔を上げたマークと目が合った瞬間、彼女はこれ以上無いくらいに嬉しそうに笑った。
「う、嬉しいです。ありがとうございます。あの、私なんかで良ければ、どうかよろしくお願いします」
「俺は、俺は貴女が良いんです!」
必死で言い募るマークにジャスミンは嬉しそうに笑って手を差し伸べる。
「どうぞ立ってください、私の騎士様」
手をとって立ち上がったマークと正面から向き直る。
そのまま自然と二人の顔が近付く。
しかし、次の瞬間、いきなり音を立てて勢いよく扉が開かれた。
飛び上がった二人が揃って振り返る。
そこに立っていたのは、腕組みをした真顔のターシャ夫人とロッシェ僧侶の二人だった。




