それぞれの部屋にて
「それじゃあまたね」
揃って手を振ってくれる泉にいる精霊達に手を振り返して、またレイを先頭に光の精霊達に足元を照らして貰いながら、一行はゆっくり歩いて離宮まで戻った。
「お疲れ様でした。楽しかったご様子ですね」
出迎えてくれた執事と侍女達と一緒に、クラウディア達三人とターシャ夫人とロッシェ僧侶は二階へ上がるのでここでレイ達とはお別れだ。
「おやすみ、また明日ね」
笑顔で手を振るレイに、振り返ったクラウディアも笑顔になる。
「ええ、おやすみなさい。精霊の泉へのお散歩、とっても楽しかったわ。それじゃあまた明日」
嬉しそうに笑い合い、顔を見合わせて仲良く頷き合う二人を、周りは面白そうに見つめていた。
「それじゃあね。おやすみなさい」
「おやすみ、また明日ね」
ジャスミンとニーカも笑顔でそう言うと、お二人と執事達に付き添われて二階の客間へ上がって行った。
「さて、それじゃあ俺達も部屋に戻って湯を使おう。すっかり遅くなっちゃったな」
キムの言葉に、クラウディアの上がって行った階段を黙って見つめていたレイは、慌てたように頷いた。
「そ、そうだね。あちこち汚れちゃったし」
ホコリだらけになっている自分の上着を見て、レイが眉を寄せる。
「ううん。泥だらけになっちゃったや」
袖についていた泥を払いながらレイがそう呟くと、マークとキムが揃って吹き出した。そのままレイの背中をキムが叩いて、とにかく見覚えのある、前回泊まったのと同じ部屋に入った。
部屋には執事と一緒にラスティが来てくれていて、レイは脱いだ制服を指差しながら汚した事をラスティに謝っていた。
「いやあ、しかしさっきのあれ。誰かさんの頭突きのおかげでターシャ様とロッシェ様には気づかれなかったみたいだけど、お前達、あの時思いっきり抱き合ってただろう?」
部屋に入って執事達が一礼して下り扉を閉めた途端、振り返ったキムが笑いを堪えながらレイに向かってそう言った。
「ええ、そんな事……あったかも」
キムの言葉を即座に否定しかけたレイだったが、一瞬黙った後に両手を広げて握ったり閉じたりした後、照れたように笑って肯定した。
「お前なあ!」
マークとキムの叫びが重なる。
「だって、そんなこと言われても、わざとやったわけじゃないよ。あれは不可抗力だって。とにかく転んだ彼女を守るのが第一だったんだからさ。だから彼女の下になる様に滑り込んだんだよ」
口を尖らせるレイを見て、マークとキムは顔を見合わせる。
「まあ、だけどあの時のレイルズの反射神経は本気で驚いた。俺は、彼女が転んだのは気が付いたけど、咄嗟に動けなかったもんなあ」
すぐ横にいたキムが悔しそうにそう言い、ニーカを挟んだ反対側にいたために、そもそも気がついた時には二人が倒れた後だったマークも、苦笑いしつつウンウンと頷いている。
「そりゃあお前、いつだって彼女を見つめているからに決まってるじゃないか」
にんまりと笑ったマークの言葉に、キムが堪えきれずに吹き出す。
「だよな。やっぱり恋は偉大なりってか?」
図書室で読んだ恋愛物語の中に出てきた台詞をキムが背筋を伸ばして感心したように言うと、レイとマークも堪えきれないように吹き出して、揃って大爆笑になった。
「ほら、とにかく湯を使って来いよ。これだといつまで経っても寝られないぞ」
「そうだね。じゃあお先!」
レイが、先に湯殿へ消えるのを見送り、キムは大きなため息を吐いた。
「はあ、まずは初日は無事……って言っていいんだよな? これは無事に終わったって言っていいんだよな?」
「い、良いんじゃないか? まあ色々あったけど、男女間の事故は起こって……いない、よな?」
顔を見合わせた人二人は真剣な顔で頷き合い、黙って剣帯を外して上着にブラシをかけ始めた。
ここにいれば寝ている間に全部執事さんがやってくれるが、自分の制服を綺麗に整えるのは彼らの日常の大切な作業の一つだ。
「じゃあ明日はまた午前中は書斎で本読みと講習だな。それで午後からは庭に出て彼女達に合成魔法の実技を教えるか。これも教える実地訓練だと思えば有難いよ」
「しかしあの本には正直言って驚いた。頂いた本の総額が幾らになるのか考えたら気が遠くなりそうだ」
「だよなあ。あの貴重な本の山の素晴らしかった事! そっか、貴族の館には死蔵されてる古い書物が山ほどあるわけだ。ううん、いざとなったら、士官の方でご実家の書斎を掘らせてくれそうな方っていないかな?」
「やっぱり頼むなら、ダスティン少佐かディアーノ少佐かなあ」
腕を組んだキムの言葉に、マークも考えながら自分達の貴族でもある上司の名を挙げる。
「まあ、頼むならその辺りが最初だろうな。特に、精霊魔法の失敗例や事故例が載った書物は、出来れば一冊でも多く探したい」
「だな。まあそれも落ち着いたら相談してみよう」
顔を見合わせて真剣な顔で頷き合う。
その時、湯を使ったレイが湯殿から出てきた。
頬は温まって髪に負けないくらいに真っ赤になっているし、こめかみにあった細い三つ編みは解かれていて、赤毛はふわふわに戻ってる。
「お先でした」
「おう、じゃあ俺も行ってくるよ」
キムが先に行き、レイはソファーに座って用意されていた冷たいカナエ草を飲んだ。
それから小さくため息を吐いて彼女とぶつけた額を撫で、俯いて笑った。
「すっごく軽かったね。上に乗られても全然重く無かったや」
そう呟くと、目の前に現れたブルーのシルフにそっとキスを贈り、もう一度照れたように笑った。
「まあ、なんて綺麗な部屋」
案内された二階には、ジャスミンには一人部屋が、クラウディアとニーカは二人で一つの部屋が用意されていた。
しかし、二人用の部屋は共用の広い部屋以外にそれぞれに寝室が別についていて、もちろん広い洗面所と湯殿も付いた部屋だ。
「こんなに綺麗なお部屋に泊まって良いんですか?」
目を輝かせるクラウディアとニーカに。公爵家から派遣された侍女が笑顔で頷いた。
「はい、もちろんです。クラウディア様とニーカ様は、別々では心細いかと思い同じお部屋をご用意させていただきました。ですがこれも経験です。別のお部屋もご用意しておりますが、如何なさいますか?」
真顔の侍女の言葉に、思わず手を取り合ったクラウディアとニーカは同時に叫んでいた。
「同じ部屋が良いです!」
綺麗に揃ったその叫びに、彼女達とさほど歳の変わらないであろう侍女は優しい笑顔で頷いた。
「かしこまりました。では、こちらのご一緒のお部屋をお使いください」
一通り部屋の中を案内されたが、その度に二人は驚きと喜びの歓声を上げた。粗末な神殿の部屋で普段暮らしている彼女達には、ここは文字通り物語の中にあるのと同じ、夢のような部屋だった。
「レイルズは、こんなところに住んでるのね。すごいわ」
豪華な装飾が施された天井を見上げながら、クラウディアが戸惑うように呟く。
「もう、また馬鹿な事考えてるでしょう。良いじゃない、彼の生活を垣間見れるのだもの。せっかくなんだから楽しまなきゃ」
どちらが年上かわからないような言葉と共に、ニーカが笑ってクラウディアの背中を叩く。
「え、ええ……そうね。せっかくですもの。滅多にない機会を楽しませていただくわ。ねえ、先に湯を使わせてもらっても良くて?」
「もちろんよ、いってらっしゃい」
用意されていた果物のジュースを見て目を輝かせたニーカがそう言ってくれたので、着替えを持ってクラウディアは広い湯殿へ向かった。
「全く、世話が焼けるわね。本当に相変わらずなんだから」
湯殿の扉が閉まるのを見て、ニーカは呆れたようにそう言って肩を竦める。
しかし、その言葉とは裏腹に彼女の表情は愛おしくて堪らないと言わんばかりの笑顔に満ちていたのだった。
『ラピスの主の想い人の巫女様は相変わらず心配症だねえ』
ニーカの肩に現れたクロサイトの使いのシルフの優しい言葉に、ジュースの入ったカップを手にしたニーカも笑って頷くのだった。




