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竜騎士達の矜持

「ルーク! タドラ! 本当に大丈夫なのか!」

 ユージンとロベリオは、マイリーに呼び出されて行った執務室で、シルフを通じて、ヴィゴからルークの無事とタドラの容体を知らされた。

 特に、タドラの吐血の原因が竜熱症では無かった事に、一同は、心底胸を撫で下ろした。

 しかも、今ここにいるからと、シルフを通じてではあるが彼らの元気な声を聞き、ユージンとロベリオは、喜びと安心のあまり本気で泣きそうになった。

『本当にごめんなさい大丈夫だから心配しないで』

 タドラからの伝言に、二人は同時に同じ言葉を叫んだ。

「この馬鹿! 心配しない訳無いだろ!」

『ううだからごめんなさいって』

 シルフが、まるで自分が悪いかのように、頭を抱えて小さくなってそう言った。

「まあ、二人共そう怒ってやるな。とにかく大事に至らなくて何よりだったよ。詳しい話は、また皆が戻ってから聞くから、明日以降の老竜への対応は十分慎重にな」

 マイリーが、苦笑いしながら二人の肩を叩いて、こっちを見ているシルフに言う。

『了解です幾つか考えがありますので様子を見て対応します』

「分かった。絶対に無理はするなよ。以上だ」

『了解ですまた変化があれば報告します以上』

 くるりと回っていなくなったシルフを見送り、マイリーは、アルス皇子と顔を見合わせて、同時にため息を吐いた。


「タドラとルークの回復は、何よりの朗報だ……しかし、まだ安心は出来ませんね」

「そうだな。野生の老竜の存在は諸刃の剣だ。諸外国への牽制にはなるが、こっちの都合通りに動いてくれるとは限らないからな。とにかく、北の砦にはもう一個中隊派遣するか……」

「それは、現在補修中の、北西の九十九番砦が完成した時で良いのでは?」

「それまで、老竜が大人しくしていてくれるなら、こっちも安心していられるんだがな」

 二人が顔を寄せて今後の対応を話し合っている横で、ユージンが手を挙げた。

「あの、ちょっとよろしいですか」

「どうした?」

 マイリーが、振り返ってユージンを見た。

「ヴィゴが出発した後、ずっと考えていたんですが、どうしても気になることがあって」

 アルス皇子も、何事かと聞く体勢になっている。

「何故、こんなにも急に、老竜が活動を再開したんでしょうか?少なくとも、数百年単位であの森に存在していた筈なのに、今まで全く目撃情報が無い。それがこの春からこっち、このわずかの間に何度も目撃情報が寄せられ、一方的とは言え、向こうから外部の人間と接触までしている」

「ふむ、確かに言われてみればその通りだな。出てきた事に対する対応ばかり考えていたが、何故出てきたか、大元の原因を考える必要があるな……いや、しかし……」

「どうした? マイリー」

 急に口を噤んで考え込んだマイリーを、アルス皇子が覗き込むようにして尋ねた。

「もしかしたら我々は、何か、重要な要因を見逃しているかもしれません……何百年もの間、全く動きの無かった老竜の、突然の活動の再開。明らかに何か知っているであろう、森の住民の竜人とドワーフ。これは確かに何か、重要な、それを見逃して……」

 同じ事を何度も呟いて、天井を見上げ顎に手をやる。彼の考え事をするときの癖だ。

「まさか……まさか、しかしそう考えれば……」

「まさか!」

 突然、ロベリオが大声で叫び、慌てて口を塞ぐ。

「構わぬ、何か思いついたのなら言ってみろ」

 マイリーは確信していた。彼の思いついた事は、自分の考えと同じだろう事を。

「証明できるものは有りませんが……もしも、もしも老竜が主を得たのだとすれば、一連の老竜の行動に説明がつくのでは?」

 アルス皇子とユージンが、呆気にとられてロベリオを見つめる。

「いや、あの……」

 まだ、頭の中で、全てがまとまっていない様子のロベリオを見兼ねて、マイリーが話し始めた。

「つまりこう言う事だろう。長らく蒼の森で隠れ棲んでいた老竜が、主を得たと仮定しよう。竜の主は人間にしかなり得ない。そうなると、その主は森に棲む老竜では面倒を見られないだろうから、森の住民達に主を託したか、何らかの形で守らせている。それならば、彼らが外部の者を警戒し隠そうとするのは当然だ。そして、竜の背山脈への長距離の移動とその日のうちの帰還は……」

「そうか、何か、主に無茶な用事を頼まれたのならば、無理な長距離移動も十分に有り得るな」

 ロベリオが、苦笑いしながら納得している。

「主の要求やお願いに対しては、どの竜も相当に甘いからな。ましてや数百年ぶりの主の要求となれば、かなりの無茶であっても、当然叶えようとするだろう」

 アルス皇子も同意するように頷いた。彼らは皆、主である人間に対して、竜達がどれ程甘くて優しく、また献身的であるかを身を以て知っている。

「また、ルーク達との接触での威嚇とも取れる力尽くの警告。老竜の一連の行動は、全て、主の為だと考えれば、確かに説明はつくな」

「じゃあ、要石ってのは主の事だと?」

 ユージンが、疑問を口にする。

「多分な。これ以上近づくなと言われたのも、恐らく、大切な主を守る為の警告だろう。もしかしたら、あの辺りに、老竜の棲家があるのかも知れない」


 沈黙が部屋を覆った。


「でも、それって、それって……」

 焦ったように言うロベリオの言葉に、アルス皇子が頷く。

「もしそうなら、フレアに続く、我が国二頭目の老竜の主と言う事になるな」

「そんなの、絶対に野に放置出来ませんよ。それに、本当に老竜に主がいるのなら……」

「何の対策も取らなければ、間違いなく一年以内に竜熱症を発症するだろう。森で、なんの手当ても出来なければ、主の命は……それで終わりだ」

 ロベリオが怖がって言えなかった事を、マイリーが遠慮なく断言した。

 アルス皇子が、顔を覆って唸るように言う。

「絶対に考えたくない事態だな。知の宝庫である事を自負する老竜が、自分の知らない病で主を失って、その後どうなるかなど……」

 マイリーも途中から無言になり、右手で顔を覆った。ロベリオは、隣で呆然とするユージンに無意識にしがみついている。

「それ、絶対まずいですよ。直ぐにでも蒼の森にいる竜人とドワーフの所に、カナエ草の薬とお茶を届けた方が良いのでは?」

「その通りです。薬とお茶は絶対に必要です」

 焦ったように言うロベリオとユージンの提案に、マイリーは首を振った。

「お前らなら、見ず知らずの人間が届けた、見た事も聞いた事も無い薬やお茶を、簡単に信用して飲むか? 私なら絶対にしないな。ましてや、あんな不味……いや、口に合わない物を。それに今の彼らは、老竜から託された主を守る為に、外部の我々の事を確実に警戒している。仮に、竜熱症の事を説明出来たとしても、信じてくれるとは到底思えない」

 額を抑えてマイリーは首を振った。

「駄目だ、どう考えても詰んだぞ、これ。解決策が全く思いつかない」

 ロベリオがそう言って頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。

「確かにそうだが、かと言って放置できる問題では無い。さて、どうしたもんかな……」

 マイリーが、困ったように上を向き、考えをまとめる。

「ヴィゴに連絡を取って、とにかく今の話を伝えた方が良い。可能なら、もう一度森の住民と接触して、何か困った事があれば、我らに相談するように言ってみてはどうだろうか。竜人やドワーフならばシルフを使って我々と連絡を取る事も可能だろう」

 アルス皇子の提案に、マイリーも頷いた。

「果たして、彼らがそれを受け入れてくれるかは、また別の問題でしょうが、確かに何もせぬよりは良いでしょう。森に、我らのシルフを置いてくるのは、許されるのだろうか……」

「それはやめた方が良い。恐らく受け入れられずに消滅してしまうだろう。あれ程、シルフ達が行くのを怖がる森だ。何らかの強力な結界があると考えるのが当然だろう」

「うう、頭が痛くなってきた……」

 ユージンとロベリオが、二人揃って頭を抱えている。

「タガルノの国境辺りでちょろちょろしている、軍人崩れの野盗共が可愛らしく思えてきたな。あちらへの対策ならいくらでも思いつくのに」

 アルス皇子の呟きに、マイリーも苦笑いしながら大きく頷いた。

「全くもって同感です。ともかく、今後の展開を含めて、蒼の森の竜への対策が最重要課題ですね。殿下は、陛下への報告をお願いします。それから、最低でも補修中の第九十九番砦への、一個中隊の増援。後は、第四部隊からも人をやるか……」

「第四部隊は駄目だ。確実に彼らより老竜の方が上だから、下手に手を出したら老竜の怒りを買う。やめた方が良い」

「ああ駄目だ、打てる手が少なすぎる」

 ロベリオの無意識の呟きに、マイリーが苦笑いして首を振った。

「私の気持ちを代弁してくれてありがとう。だが、それでも、やらなければ大変な事になる。その為の我らだ」

「皆に言っておく」

 突然のアルス皇子の真剣な声に、そこにいた全員が直立する。

「万一、主人を失った老竜が暴走するような事態になれば、最悪、この国は焦土と化す。そんな事には絶対にさせない。私とフレアはこの命に代えてでも、盾となってこの国を守る」

 静かな宣誓に、全員の顔色が変わる。

「殿下、その時には、竜騎士は一人では無い事をお忘れなく」

 マイリーの言葉に、そこにいた全員が頷いた。

「若竜では、時間稼ぎにもならないでしょうが、我らとて無駄死にはしませんよ」

「そうです。我らも何処までもお伴します」

 ユージンとロベリオも当然のように言う。

 そんな彼らに、アルス皇子は言葉が出なかった。

 涙を飲み込んで顔を上げる。

「皆ありがとう。頼りにしているよ」

 精一杯の言葉に、皆笑顔になる。

「しかしあくまでも、それは万が一の最悪の事態の想定だ。そうならない為にも、先ずは正確な事実の確認が第一だ。本当に老竜に主がいるのなら、何としても接触して説得し、保護すべきだ。絶対に、野に竜の主を放置するわけにはいかない」

 その言葉に、全員が頷いて敬礼した。


 野生の竜の出現に、この世で唯一、それに対抗出来うる竜騎士隊の存在意義が、今問われようとしていた。

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