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9 それぞれの所感

「やっぱかっけーな、ソウ兄は」

 言葉とは裏腹にどこかぶっきらぼうな様子で悠星が呟く。当の創紀は笑って返す。

「悠星がそう言ってくれるのは嬉しいよ。それが本心ならね」

「だってさぁ」

 創紀には悠星が心から言っているのではないことなどお見通しだ。だからこれは余裕の笑みというやつだ。一方の悠星は膨れっ面で食い下がる。

「ムカついたんだよ。そりゃおれも悪かったと思うけど、いきなりあんな言い方なくない?初対面だよ?」

 創紀が謝ってことを収めたのは大人な対応だと思ったし、かっこいいと感じたのも嘘ではない。だがこちらが一方的に悪者にされて、それを呑まされたという感じがして悠星は気に食わないのだ。

 つまり、今の時点で悠星がもった先の二人、特に香織の印象は最悪だった。不機嫌に頬を膨らませたままの悠星をしょうがないといった風情で創紀がとりなす。

「まぁまぁ、悠星だって悪かったとは思ってるんだろ?次会ったら勇気を出して謝るんだぞ。そうすれば、あっちも言い過ぎたって思ってくれるかもしれない」

「えー、おれから謝んの?嫌だな」

「こういうことは先手必勝なんだよ。常に先に動いた方が勝つ」

「えー、でもさぁ」

 まだぶつぶつ言っている悠星に創紀は構わずボールを投げて寄越す。

「さ、スッキリしないなら体を動かせ。体と心は連動するぞ」

 言うが早いか、創紀は攻勢に打って出る。慌てて悠星はカットされないようにドリブルを始めた。あっという間に、余計なことをうじうじ考えている余裕はなくなった。


      *      *      *


「あーもう、一体なんなの?なんでこっちをこそこそ見てるの?気持ち悪い」

「香織ちゃん、よく気づいたねぇ。前にもって、私全然わかんなかったよ」

 憤懣やるかたないというように未だに怒っている香織に対し、めぐみはいつものようにのんびりした調子で返す。香織はそんなめぐみにもう慣れてきたので、気にせず怒り続けている。

「やっぱり日本って変な国ね。女ならともかく、男まで陰でこそこそしてる」

 怒りのあまり、香織の言は厳しくなった。ここで国を云々言っても始まらないことくらいわかっている。

「香織ちゃんにそれを言われちゃうと辛いな」

 苦笑混じりのめぐみの声を聞いて、ようやく自分が言い過ぎたと気づく。

「あ、私別にめぐみのことは言ってないよ。何度でも言うけど、私はめぐみが話しかけてくれて嬉しかったんだから」

 先ほど、悠星たちに気づいて啖呵を切る前、香織はそのことをめぐみに告げていた。そうするとなぜかめぐみが泣きそうになってしまい、焦ったはずみに目をそらしたところで悠星たちの姿を捉えたのだ。

 だから余計に腹が立った。大事な話をしていた二人に水を差すようなその行動が。

 さっきよりは落ち着いた様子のめぐみだが、やはりちょっと元気がない。それを香織に悟らせまいと無理に明るく振る舞っているのが今ではわかるから、こちらまで切ない気分になる。

 めぐみは、距離を置こうとしている。自分の心に入ってこないように。そうしたいからではなく、そうしないと香織に迷惑がかかると思っているから。

 柔らかく笑うめぐみの前に立って、正面から目を合わせる。ちょっと不思議そうな顔をするめぐみが一瞬震えたのを見逃す香織ではなかった。こうして前に立たれることが、めぐみにとっては恐怖の対象になっているのだ。なぜそんなことがわかるのか。

「めぐみ、もう私たち友達だって思ってる。それって私だけなの?お願いだから、そんな距離を置くようなことしないで。本当に思っていることを言って」

 それは、香織も少なからずそういう目に遭ってきているから。母国のオーストラリアの学校で。ハーフの自分は向こうでも浮いた存在だった。そういう存在には、支えが必要なのだ。香織を守ってくれたのは母だった。だから今度は自分の番だ。

「お互いが助け合うのが日本人のいいところだってママが言ってたよ。だから私も仲間に入れてよ。めぐみと助け合う仲間に」

 人間不信に陥っている者が心を開くのがどれほどハードルの高いことなのかも知っている。それでも香織は諦めたくなかった。日本に来て初めて心を許せたのがめぐみだから。

 目はそらさないが、めぐみは何も言わなかった。ただ今までとは少し違う笑みを見せた。目がなくなるほど細めたその端から涙が流れた。あぁ、やっぱり泣かせてしまった、と思いながら、この目の前の可愛らしい友を支えようと心に誓った。

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