8 一触即発の出会い
一方その頃悠星は、創紀の家の前でボールを操っていた。高校に行ったらバスケ部に入ろうと決めたから、創紀に練習相手になってもらって勘を取り戻しているのだ。
ディフェンスをかいくぐってシュート。もう何本目かわからなくなった頃、ようやくその一本が決まる。止めどなく汗が流れて気持ち悪い。学校が終わって随分経つのに、真夏に向かっていくこの時期の午後は一向に涼しくならない。
へろへろになった悠星に笑いながら創紀がタオルを渡してくれる。ありがたく受け取り、汗を拭きつつ水の入った水筒に口をつける。
「ごめん、ちょっと本気になりすぎた。でもここまで動けるなら大したものだよ」
「謝んないでよ。おれがソウ兄にガチでって頼んだんだから。あーでも思ったようには動けないな」
「まぁ今日は暑いしね。日陰だったら少しましなんだろうけど」
バスケットゴールが据え付けられた駐車スペースは南西向きで、少しずつ西に傾き始めた日射しは何にも遮られることなく直接悠星たちに浴びせられる。日陰になるのは家が遮る反対側だ。
二人で少し休憩、とその日陰に入った時だった。
「そんなのめぐみが悪いわけないでしょ。なんでめぐみが話しかけないようにしなきゃいけないの」
ちょっと鋭めな女子の声。悠星も創紀も、思わずその声のした方を見る。
「げっ」
その瞬間、悠星はまずいという顔をして、創紀を引っ張ってその女子から見えない家の陰に隠れる。
「え、何?」
「シッ」
疑問を投げかけてくる創紀をとりあえず黙らせ、物陰からそっと様子を伺う。そこにいたのはあの日、創紀と連れだって歩いていた二人の女子だった。今、その二人が深刻そうな顔をして向き合っている。何かを話しているようだが、ここからではハッキリ聞き取れない。
視線はそちらに向けたまま、悠星は創紀にあの日浮かんだ疑問を投げかける。
「ねぇ、あの二人ってソウ兄と同じ高校の人だよね。ソウ兄の彼女?」
「へ?彼女?」
「どっちが本命なの?」
「いやいやいやいや」
創紀は思いきり否定する。表情は見ていないが、ひどく焦ったように声が震えている。
「急になんでそういう話になるんだ?」
「この前一緒に歩いてたじゃん。あの二人と」
「え?……あ、あー……」
悠星からの指摘でようやくその時のことを思い出したようだ。だとすると本当にあの二人は彼女とかではないようだ。少しほっとした。創紀に女絡みのトラブルなんて似合わない。優しくて誠実な性格を誰よりも知っている身としては。
しかしほっとしたのもつかの間だった。あの時と同じように、モデル顔の方がこちらに気づいたように視線を向けたからだ。
「ヤベッ」
再び創紀を引っ張って隠れたが、今回はばっちり見られてしまった感じがする。心臓がどくどくと跳ねる。と思ったら陰から二人の少女が姿を現した。
「ちょっとあんたたち」
「あれ、創紀くん?」
「うわっ」
びっくりして仰け反る。モデル顔の方は明らかに怒っていて、腕を組んでこちらを睨んでいる。一方幼顔の方は創紀の姿に一瞬驚いたようだが、すぐに相好を崩す。
「や、やぁ……」
身がすくんで声が出せない悠星にかわって、創紀が引きつった声でそれだけ言う。
「やぁ、じゃない。創紀。何をこそこそ覗き見みたいなことしてるの。それにそっちのあんた」
モデル顔の方が明らかに悠星を指す。
「この前も私たちのこと覗いてたよね。一体なんなの」
やっぱりあの時のこともばれていた。全面的に自分が悪いという自覚はあるものの、謝るのは何となく癪で不貞腐れてしまう。そこをとりなすのはやはり創紀だ。
「ごめんね、今日はおれも共犯だし。あの、こっちは会ったことないと思うけど、悠星。うちの高校でバスケ部にいる悠斗ってやつの弟。おれも実の弟みたいに思ってる。今回はおれに免じて許してやってくれない?」
二人の女子から突っ込まれる隙を与えないように一気に言う。当の二人は困惑したように顔を見合わせた。
「……まぁいいけど。今回だけね。創紀がそう言うなら」
言い終わりにぎろっと悠星を睨み付ける。ここで目を背けたら負けのような気がしてこっちも睨み返すが、結局負けてそっぽを向いた。そんな様子に創紀は苦笑している。
交わらない両者の初めての接触は、お互いにとって最悪な日として刻まれた。とにもかくにも、これが彼らの最初の出会いだった……。




