6 奇妙な三人
「あれ?ソウ兄、誰かと歩いてる……」
大場モータースから帰る途中、悠星は坂の上から創紀の姿を見かけた。しかしその隣に、見知らぬ少女がいる。最近はずっと一人で帰る姿しか見ていなかったので、それはとても珍しい光景だった。
隣の少女は高校の制服姿だが、見かけない顔だった。創紀と並んでも劣らないくらい背が高く、整った顔立ち。おまけに肌はきれいな小麦色にやけている。本人は大人びた印象なのに、着ているのが高校の制服なのでどこかちぐはぐな感じがする。悠星の知る限り、この辺りの者ではない。
「何あの場違い美人……まさか、ソウ兄の、彼女?」
悠星は思いっきり首を傾げてその二人を見ていた。すると。
「香織ちゃーん、はぁ、やっと追いついた」
同じ制服を着た、全く正反対の雰囲気を持った少女が後ろから走ってきて、二人に追いつく。こちらはふわふわと揺れるウェーブのかかった髪といい、走る姿の華奢な感じといい、どちらかというと幼い印象。それはそれで高校の制服は違和感がある。こちらも悠星の知った顔ではない。
幼顔の少女は走ってきた勢いのまま、二人の間に挟まった。……いや、正確にいえば、二人の肩に掴まって止まろうとしたが、勢い余って前のめりに突っ込んだ形だ。そのまま三人は何事もなかったように談笑しながら離れてゆく。しかし悠星はそこに何やら不穏な空気を感じてのけぞる。
「これって、もしかして、三角関係ってやつ?」
無意識に呟いた瞬間、大人びた方の少女が急に振り返った。
「げっ」
こんな風にこそこそ様子を窺っていたところを見られただろうか。とっさに家の生け垣の影に隠れてやり過ごそうとする。
しばらくしてまたそろりと頭を出すと、三人の後ろ姿はもう小さくなっていた。悠星はほっとして小さくため息をつく。そして結局、彼女たちが何者なのかはよくわからないままだった。
* * *
時間は少しさかのぼる。創紀が帰るために下駄箱で靴を履き替えていると、後からやって来た香織と鉢合わせた。
「あれ?」
担任の話では、今日からしばらくかけて部活の見学をする予定だったはずだ。この高校では基本、どこかの部活に入ることを推奨していて、帰宅部はほとんど存在しない。創紀も担任からずいぶんしつこく勧められたものだ。
普通に下足に履き替えようとする香織に思わず声をかける。
「部活、見学しないの?」
創紀が話しかけてきたのが意外だったのか、不思議そうな目で見返してくる。だが返事は明瞭だった。
「うん、しない」
「そう……」
また担任はやきもきするのだろうな、とやきもきさせた張本人である創紀はまるで他人事のように思った。
香織も帰る方向が一緒ということで、肩を並べて帰る形になった。話の種は特になかったが、沈黙は気詰まりなのでなんとか会話をしようと試みる。
「学校、どう?楽しい?」
どれくらいの日本語なら香織が理解できるのか未知数なので、簡単な単語で会話しようとするとどうしてもぎこちなくなってしまう。こっちがカタコトの日本語しか喋れない者のように。しかし香織は案外気にする風もなく言葉を返してくる。
「うーん、まだよくわからない。授業だけで……疲れる?大変?」
日本語の表現にしっくりこないようだが、ニュアンスとしては伝わってくる。日常会話にはほとんど支障がないレベルだ。
「先生の言ってることはわかる?」
「だいたい。パパが先に日本の教科書を手に入れてくれたから、予習できたし」
「へぇ、すごいね」
感心した声を出すと、香織は逆に顔をしかめる。何かまずいことを言っただろうかと思ったが、どうもそうではないようで。
「それより、日本って思ってたのとだいぶ違うなって、そっちの方が、大変」
「どんな風に?」
もしやいわゆるサムライとかニンジャのようなことを言っているのかと身構えたが、香織は全く別のことを言った。
「ママからは、日本っていいところだよ、みんな優しいよって言われてたけど、そんな感じはあんまりしない。それよりなんか、避けられてるみたいだし」
「うーん、まだみんな緊張してるだけだと思うよ。帰国子女の子なんてほとんど会ったことないし」
「だから、わからない。私は言いたいことがあるなら直接言って欲しいけど、話しかけようとしてもあっち向いちゃうし」
確かに香織はクラスで完全に浮いている。とても歓迎しているとは言えないムードだし、香織の言うこともわかる。ただ、香織に親しげに喋っている女子生徒がいたはずだ。
「でも、話しかけてくる子もいるでしょう?」
「あぁ、めぐみ?あの子は確かに、よく話すよ。ちょっと、うーん、変わった子だな、とは思うけど」
そう、めぐみの話題が出た直後のことだった。
「香織ちゃーん、はぁ、やっと追いついた」
声と共にその姿が創紀と香織の間に現れたので、二人してのけ反ってしまった。
「めぐみ?走ってきたの?」
「そうだよー。香織ちゃん今日部活見学の予定だったでしょ。先生が探してたけど学校にはもういなかったから、追いかけてきたんだぁ」
突然の出来事に絶句している創紀をよそに、ハイトーンボイスで一気に話すめぐみ。こっちが酸欠になりそうである。
あまりにもちょうどいいタイミングで現れたので、「噂をすれば影」というのは本当にあるんだと創紀は秘かに思った。




