54 作戦の果てに
「あの会社、家宅捜索入るらしいな」
週末。いつものごとく大場モータースに遊びに来た悠星に俊也が言う。といってもこちらも常で、バイクのメンテナンスの手を止めることは一切ない。その手元をしゃがみこんで見つめながら悠星がぼやく。
「なんかびっくりだよ。おれがやってきたことって何だったの?ってくらい。おじいちゃん、用意周到すぎてちょっと怖かった」
「まったくな。あのじいさん、一人でいいとこ全部持って行きやがって。何がわしの提案に乗らんか、だ。てめぇの独壇場じゃねぇかよ。なぁ?」
先日、三人で乗り込んだことがきっかけで、この再開発計画が不当であることが明るみになり、本格的に警察が動き始めることになった。後で聞いた話によると、消費生活センターなどには再開発の進め方に対して苦情が入っていたらしく、警察も目はつけていたのだそうだ。チラシを俊也がバイクから撒いたことが昭善の耳に届いた際に、逆に昭善のほうから警察に打診したようだ。つまり二人で本堂に連行され、説教されたときにはすでにこのことは決定事項だったということだ。そう思うとなんだか怒られ損という気分になる。
もっと腑に落ちないのは、まるで見計らったようなタイミングで登場したデモ集団である。その先頭に晃の姿を見たときはまたすごいことをやらかしたものだと、その行動力に半分尊敬し、半分呆れる気分だった。悠星たちがビルから出てくると、晃は驚いたようだった。「この人数、晃が集めたの?」と聞くと、煮え切らない調子で「うーん。まぁ、半分くらいは……」と応えるに留まった。晃には似合わない、何かをごまかしているようなぎこちなさ。あまり詳しく話したくはなさそうだったのでそれ以上は聞かなかった。そのせいもあって、悠星の中にはもやもやとすっきりしない気分が残った。
俊也が気軽に昭善への愚痴を言うので、悠星もあのデモ集団に抱いたもやもやをつらつらと話した。基本的に俊也は作業に没頭しているが、悠星の話も意外と聞いている。手を止めることなく会話するのは俊也の得意とするところだ。
「案外それもじいさんの仕業だったりしてな。物事を裏から動かす。カツのしたたかさって親父譲りだったんだな」
本体から取り外した部品をブラシと古布で丁寧に磨きながら、冗談めかしてそんなことを言ったとき。
「その通りよ」
「ひゃぁああっ!?」
突然背後から聞こえた声に、悠星は思わず情けない叫び声をあげた。しゃがみこんでいた悠星は振り返ろうとしてしりもちを付き、その姿勢のまま相手を見上げることになった。
「相変わらず頼りないね。何今の声」
「こんにちわ~」
そこにいたのは腕を組んだ香織とこちらに手を振るめぐみだった。普通に作業を続けていた俊也もさすがに手を止めた。
「よう。珍しいお二人さんだな。よくここがわかったな」
「携帯で調べたら地図出てましたよ」
「それ俺が載せたわけじゃねぇからな」
めぐみと俊也がのんびりと会話を交わしている間も、悠星はまだ衝撃から立ち直れずにいた。香織はその様子を冷ややかに見下ろしている。ちょっと腹が立ってきた。
「な、なんだよ。その通りって」
本当はもっと言い返したいのに、腰が抜けてしまったのかうまく力が入らない。香織が最初に言った台詞に言い返すのがやっとだ。だが香織は組んでいた腕を下ろし、複雑な表情をした。
「私たちもあのデモに参加したから。周りの人たちに聞いたの。このデモの発起人は、中学生の男の子とお寺の住職だって」
「まさか桂木くんのおじいちゃんだとは知らなかったけどねぇ」
硬い声の香織に対し、やわらかく笑いながら補足するめぐみ。悠星は話の流れが飲み込めず、ぽかんとしたままその会話を聞いている。よくよく聞けば、なんと二人は悠星の実家の寺に寄ってきたのだという。
「住職さんに話を聞いてみたかった。こんな人が味方なら心強いと思ったから。こっちに寄ったのはついでよ」
「一応、私たちチームだから、報告だけしとこうって思って、ね?住職さんに聞いたら多分ここだろうって」
ぶっきらぼうな香織ととりなすようなめぐみというのもいつもどおりだ。それを端から見ていた俊也はにやりと笑う。
「つくづく妙なメンバーだよな。ま、今日は一人欠けてるが、ちょうどいい季節になったことだし、解散式でもやるか」
「かいさんしき?」
何を言ってるのかわからないというような顔をする悠星に、俊也は口元を歪めたまま言う。
「おう。お前らを俺のとっておきの場所に連れてってやるよ」




