5 秘密基地の主
悠星には「秘密基地」と呼んでいる場所がある。
創紀の家がある新興住宅地のはずれ、田んぼや畑を裾野に抱えたなだらかな丘陵地の一角。その辺りは昔からの住宅地で、あまり舗装されていない細い坂道を登ったところに古い屋敷が軒を連ねている。農家が多い土地柄、立派な生け垣や農機具をしまう納屋、作業場をもつ家が多く、往々にして敷地は広めだ。その坂道をちょうど登り終えた辺りに、悠星の目的地はあった。木造家屋が多い中で一際目立つ、錆の浮く鉄筋とトタンでできた建物。屋根に作り付けられた看板の文字はなかばやけて見えなくなっているが、「大場モータース」となんとか読むことができる。店のようだが、今はシャッターが下りている。
悠星は構わず建物の脇を通り、奥へと進む。少し開けたスペースの奥に、別の建物ーー手前のものより小さい、プレハブのような小屋があり、その手前で真っ黒なつなぎを来た男がこちらに背を向けてかがみ、何やら作業をしている。
「おじさーん」
「ん?おお、悠星か」
その背に向けて声をかけると、男は顔だけで振り返った。首に引っかけたタオルで汗をふき、また作業に戻る。悠星はその隣へ寄っていって男の作業を覗きこむ。
「こんな暑い中、修理?」
「バーカ、仕事だっての。暑いもへったくれもあるか」
男の前にあるのは、年代物の大型バイクだ。大場モータースの店主であるその男、大場 俊也は一度ばらされたバイクの部品を組み直しているところだった。六角レンチやドライバーなどの工具が足元に散乱している。最後の部品を取り付けると、俊也は一息ついて座り直し、胸ポケットから取り出したタバコに火をつける。
ここが悠星の秘密基地だった。家からは新興住宅地を越えて来なければならないので距離があるが、俊也は悠星の父、克善の幼馴染みのため、昔からよく遊びにきていた。俊也の仕事はバイクの販売や修理で、さまざまな工具や修理中のバイクが置かれた仕事場は見ているだけでも楽しい遊び場だった。
「んで、どうしたんだよ急に」
タバコの煙の間から俊也が問う。ここへ来るのは久しぶりだった。
「おじさん元気かなぁって思って」
「嘘つけ」
取って付けたような台詞を一蹴され、悠星はごまかすように笑った。確かにそんなことを思うほど殊勝な性格ではない。
悠星の父はもうずっと単身赴任をしている。連休などには帰ってくるが、親子の会話はほとんどない。どう話したらいいかわからないのだ。ただでさえ、真面目な人間の多い桂木家の中では浮いている悠星である。だから俊也にはこれまでも父の代わりにいろんな相談をしてきた。それをわかっている俊也は悠星が話し出すのを気長に待つ。紫煙を燻らせながら。
「テストがさ、返ってきたんだ」
「なんだ、そんなことか」
「いや、今回はマジでやばいんだ」
悠星の成績が芳しくないことは俊也もとっくに承知している。ひどい点を取ったテストを持ってくる度、秘密裏に処分してやっている。通知表が出ればばれるので、ただの一時しのぎだが。俊也は仕方ねぇなぁと呟きながらテストを受け取る。赤ペンで記された点数に目を止め、煙を吐き出す。
「こんなん俺の学生時代に比べりゃ屁でもねぇぞ」
「嘘、おじさんやばいね」
「……オメェの母ちゃんにコレそっくりそのまま差し出すぞ」
「スミマセン。許して下さい」
わかればいい、と嘯きながら、俊也は眉をひそめる。
「まだ何かありそうな顔してんな」
俊也にそんなことを言われるとは、よほどひどい顔をしているのだろうか。悠星はうなだれる。
「おれって本当取り柄ないんだなぁって思って凹んでる」
言外に二人の兄と比べて、という一言がつくことも二人の内では了解済みだ。不貞腐れたように悠星は続ける。
「おれずっとこのままなのかな。大人になっても何も見つけられなかったらどうしよう」
しかし俊也はそんな悠星にニヤリとした笑みを見せる。
「そしたらうちで雇ってやってもいいぜ?月給一万円で」
「ゲッキュウ?てことは一ヶ月で……て、ねぇそれめっちゃ少なくない?」
「そこはさっくり騙されとけよ。可愛くねーな」
「だって、それ、めっちゃ少なくない?」
ケタケタと笑う俊也にからかわれて、悠星はなんだか悩むのが馬鹿馬鹿しい気分になってきていた。




