49 反省の夜
日が沈んで暗さを増した山道を、昭善になかば強制連行される形で本堂へと歩く。明かりもないので足元さえ見えない。
本堂の中はまだ蝋燭の火が点っている。昭善は今の今までここで過ごしていたようだ。その後ろ姿は威厳に満ちていて、俊也も悠星もなんとなく萎縮してしまう。
「二人とも、そこに座りなさい」
そう言うと昭善は二人に向き直るようにして座る。悠星たちは言われるままに座るしかない。ばつの悪い思いをしながら祖父と向かい合う。
「さて、ここに呼んだわけぐらいは見当が付いているじゃろ、俊也」
昭善は腕を組んで俊也を厳しい目で見る。俊也は苦い顔で口を真一文字に結んでいる。黙ったまま話そうとしないので、痺れを切らしたように昭善が口を開く。
「まったく、お前は昔から変らんな。自分の行動がどういう結果をもたらすのか、考えてから行動せんか」
どうやら今回実行に移した作戦のことが昭善の耳にも入ったようだ。俊也はバイクからチラシを撒くという随分派手な行動をしたので目撃者も多く、途中でパトカーで巡回していた警察官にも見られていたようだ。その場は逃げ切った俊也が逮捕されるということはないが、警察官が悠星の家にも来てその瑣末を話したという。
昭善の小言を気まずい気分で聞いていた悠星はおずおずといった様子で口を挟んだ。
「あのさ、おじいちゃん。今回の作戦はおれが言い出したことなんだ。おじさんはそれに乗っかってくれたっていうか、おれに協力してくれたっていうか」
歯切れの悪い説明でうまく弁護できなかったが、それを聞いた昭善は困った顔を悠星に向けた。
「それにしても、もっとやりようがあったはずじゃ。今回のことはどうも考えが足りん行いに見えてならん。飛んだチラシが元で事故でも起きたらどうするつもりだったんだ」
昭善も悠星には強く言えないところがあるので、ほとんどの小言は俊也に向けられている。それを悠星は申し訳なく思う。
「……俺にどうしろってんだよ」
それまでずっと黙っていた俊也が低く呟いた。その言葉は隣にいた悠星だけでなく、昭善にも届いていたようだ。
「何か申し開きがあるなら言うてみい」
「放っときゃよかったって言うのかよ。考えなしで悪かったな。俺はカツとは違うからな。あいつみたいに要領よくなんてやれねぇんだよ。悪ぃがあれが俺のやり方だ。頭が足りなくたって、何とかしたきゃできることやるしかねぇだろ」
立ち上がってまで昭善に言い返す俊也を見て、悠星は驚いた。こんな風に昭善に対抗する人間を見たことがなかった。立ったまま俊也は今度は悠星を見下ろす。
「お前も、そんな風に責任を感じることはねぇんだぞ。俺は俺の考えがあって作戦に参加したんだ。これは俺らの問題だ。そうだろ?」
「う、うん」
急に話を振られて悠星はどう応えていいかわからなかった。だがその発言で、俊也がこの作戦に本気で取り組んでくれていたことが明らかになって、悠星は秘かに嬉しく思った。
興奮気味の俊也に対し、昭善はごほん、とひとつ咳払いをした。
「落ち着け、俊也。本当にお前は頭に血が上りやすいな。そういうことを言うとるんじゃない」
「じゃあ何だっていうんだよ」
このままではケンカになってしまう、と悠星がひやひやし始めたときだった。その場に似つかないのんびりした声が響いた。
「お話の途中かもしれませんが、そろそろご飯にしませんか、お義父さん」
本堂の入り口から顔を覗かせたのは、困ったように笑う暢子だった。
「お、おう、暢子さん。待たせてしまったかの。悪いな」
「いいえ。でも冷めますから。大場さんも食べていくでしょ?もう遅いし」
「あ……じゃあお言葉に甘えて」
気を呑まれたのか、俊也も素直にそう応えた。一触即発の空気を一瞬で丸く収めてしまった暢子を見て、母は強いな、と妙なところで感心した悠星だった。




