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48 敵陣の動向

 その日、斑野はいかにも不愉快そうに自分の執務室へと向かっていた。不機嫌のわけは秘書からの報告だった。それを受けて出張を予定より早く切り上げて帰ってきた。

 バン!と大きな音を立てて執務室の扉を開ける。中では既に秘書の狭山が待っていた。

「予定を乱してしまい申し訳ありません」

「全くだ。それで今の状況は?」

 鞄とジャケットを乱暴に放った斑野は、頭を下げた狭山に訊く。電話では一報を聞いただけで詳しい話は聞いていない。

「私も区域内を調べたところ、こうしたチラシがあちこちに。昼ごろから問い合わせの電話が鳴り続いています。今も増えているようです」

 斑野は狭山が差し出してきた紙の束を受け取る。折れたり土が付いたりしているそれらは、今度の再開発計画に反対する意図で製作されたチラシだった。チラシは何種類かあった。

「問い合わせの対応は?」

「オペレーターが対処しているのですが、苦戦しています。行政の決定だと説明しても理解が得られない場合が多いようで」

「くそ……撒いている人間は特定できているのか」

「判然とはしませんが、本日区内の中学で学校祭がおこなわれたようで、その後から問い合わせが急増した模様です」

「中学……」

 それで斑野は思い出したことがあった。夏のある日、一人の子どもと対峙したときのことだ。あのとき放っておいた小さな芽がこんな事になるとはそのときには思わなかった。

「いかがいたしましょう」

「もちろん丸く収めるさ。こんなことで頓挫させるわけにはいかないんだよ」

 鋭い目で斑野はそのチラシを睨みつけた。


      *      *      *


「おおい、悠星」

 ガラガラと母屋の玄関が開き、自分の名前が呼ばれたので悠星は驚いてしまった。既に日は沈みかけていて、これから夕飯という時間だ。

「おじさん、どうしたの」

「おう、ちょっと顔貸せ」

 訪ねてきた俊也は悠星を外へと連れ出す。

「もうご飯なんだけど」

「そんな時間は取らせねぇよ」

 悠星の文句も取り合わずに踵を返して行ってしまうので、仕方なく靴を引っ掛けて後を追う。

「で、今日の塩梅はどんなもんだった」

 母屋の裏手で腕を組んだ俊也が問う。本当は煙草を吸いたいのかもしれないが、こんなところで火をつけては山火事を引き起こしかねない。

「それがさぁ」

 悠星は頭を掻きながら今日の顛末を語った。晃が今度のスピーチコンテストで今回の再開発計画反対の内容を話すことになりそうなことを言うと俊也は口の端を歪めて笑った。

「すげぇなそいつ。よほど上手いこと喋ったんだな」

「この発表のために、頼んでないのに署名とか集めてたんだぜ」

「さすが優等生。やることが半端ないな」

「おじさんのほうはどうだったの」

「まぁまぁの手ごたえだな」

 だが今俊也が訪ねてきたのは、ただ今日の報告をしあうためというわけではなかったようだ。

「さぁ、問題はこれからだ。これを受けて相手がどう動くか。一応お前も警戒しとけよ」

「あぁ、そうだね……」

 悠星と俊也は斑野に顔を知られている。特に悠星はこの計画に反感を持っていることまで知られてしまっている。今回のことを誰が実行したのか、向こうがあたりをつけるのは時間の問題と思われた。

「俺も極力警戒はするが、あいつらが何をやってくるかは未知数だ。危険を感じたら俺に限らず、ちゃんと助けを求めるんだぞ」

「わかってるよ。もう大人に隠れてすることもないしね。意外に味方もいるって分かったし」

 担任の発言は悠星には驚きだった。こんな身近に再開発に反対の感情を持っている大人がいるのだから、潜在的にはもっとたくさんいるのだろうと考えられる。晃が集めていた署名もその証左だ。

 話は終わったという様子の俊也を見送ろうとしたときだった。背後からいきなり声がかかった。

「話はそれだけか、お前たち」

 二人同時にビクッとしたのは、それが地を這うような低い声だったからだ。そろそろと後ろに顔を向ける。

 そこには悠星の祖父、昭善が腕を組んで仁王立ちしていた。

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