47 黄昏の学舎
「あんな署名、いつの間に集めてたんだよ」
学校祭一日目が終わった後。クラスの後片付けを終えて悠星と晃は連れだって歩いていた。晃は照れたような、だが困ったような顔をして応える。
「いや、やるからには何か説得力のあるものが欲しかったから。ほとんどはうちのクラスの生徒とその家族だけどね」
発表中に晃が見せた署名の束は、悠星にとっては想定外のものだった。悠星が晃に頼んでいたのは発表のときに再開発の周知を手伝ってほしいということだけだった。
「でも、そんな署名だったらおれも参加するのに」
「実はこれ、まだ集めてる途中なんだ。ほら」
晃は署名の束をぱらぱらとめくって見せる。確かに途中からは枠線だけが刷られた紙で、署名はされていない。
「あの場ではインパクトが大事かなと思って、ちょっと盛ってたんだ」
「へぇ。なかなかやるじゃん、晃」
「バレないかドキドキだったけどね」
ところで、こんな時間にどうして二人で連れだっているかというと。
「失礼します」
二人がやってきたのは職員室だった。学校祭の二日目が明日に控えているので、その準備があるのかここに残っている先生はまばらだ。その中で二人はまっすぐに担任の机に向かう。
「おう、友野。やってくれたな」
「すみませんでした」
担任は鷹揚な態度で晃に声をかける。それを受けて晃は頭を下げた。そんな晃を横目に見て、悠星は担任に向けて口を開いた。
「先生。今回のことは、おれが晃に頼んだんです。だから晃は悪くありません。すみませんでした」
晃と並んで悠星も頭を下げた。怒られるときは一緒に謝るというのが晃との約束だ。
隣の気配を覗いながら頭を上げるタイミングを計っていると、上から声が降ってきた。
「顔を上げなさい。二人とも」
担任の声に二人でおずおずと顔を上げると、担任は苦笑していた。
「僕は君たちを叱責するつもりはないよ。むしろよくやってくれたものだと、スッとしたくらいだ」
「……え?」
予想外のその言葉に、思わず二人同時に頓狂な声を出した。怒られないのはラッキーだが、スッとしたというのはどういうことだろう。その疑問の答えは担任が自ら話した。
「今回のこと――再開発のことだが――これにはうちの学区が結構含まれているからね。桂木にピンチヒッターで入ってもらった実行委員の前の生徒もこの関係で転校してしまった。他にも転校が決まっている生徒が何人かいて、相談も受けていた。生徒が不憫で何とかしてやりたかったが、いろいろ事情があって学校側では何もできなくてね。そんな中であの発表だ。なんだか君たちに勇気をもらった気分だよ」
不思議な気分でその話を聞いていた悠星は浮かんだ疑問を口にした。
「じゃあ、先生は再開発計画には反対なんですか?」
「表向きにはあまり大きな声では言えないがね。どうにも僕には今回の計画は性急に感じる。もっと手順を踏んでしかるべきだと思うんだが」
こんなところに思わぬ味方がいたのは幸いだった。だからあのとき、止めに入った先生を引き留めてくれたのだ。
「あの」
悠星と担任の会話を静かに聞いていた晃が、遠慮がちに口を開いた。
「じゃあ、僕は今、どうして呼び出されたんでしょうか?」
そう。二人で連れだって職員室まで来たのは他でもない、この担任に呼び出されたからなのだ。確かに怒られるのでないのならここに来た意味がよくわからない。すると担任はなぜか楽しそうに言った。
「いや、これはあくまで提案なんだがね。今日の発表がとてもよかったから、いっそのことスピーチコンテストもこの内容で行ったらどうかな、友野」
「はい??」
二人は今度こそ呆気にとられて二の句が継げなくなった。




