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46 それぞれの攻防

「よろしくお願いします」

「お願いしまーす」

 香織とめぐみがいるのは、彼女らの住む再開発区域から一番近い駅の駅前広場だ。昼休憩を挟んでここでずっとチラシを配っている。反対側の出入り口には創紀がいる。今日は土曜日ということもあって、通勤客などはほとんどいないが、急ぎ足の客も少ないので案外チラシをもらってくれる。この辺りでは週末にはよくイベントの主催者や新規オープンの店などがチラシを配っているので、香織たちが配っているのもそうした類のものと思われているのかもしれない。手元に残るのはあとわずかだ。

「もっと残るかと思ったけど、けっこう配れたね」

 本音交じりのめぐみの言に、香織はシビアな意見を返す。

「問題はどれだけの人がちゃんと見てくれるかね。古典的な作戦だと思うけど、どれだけ効果があるのか疑問ね」

「まあねぁ。学校祭の方はどうなったかなぁ」

 二人の間に緊張感はない。午後の気だるい日差しの中で今日おこなわれている中学の学校祭へ思いを巡らせた。


      *      *      *


 一方、その中学の体育館は緊張した空気に包まれていた。晃の発表を聞いている来場者や生徒の間からざわめきが漏れ聞こえる。

――再開発って何のこと?

――発表はどうなった?

 悠星はただ黙って晃の言葉に耳を傾ける。

「僕たちが住んでいる町は今、再開発計画が進められています。しかしそれはとても唐突なことで、計画が実行されるまで当事者である僕たちにはほとんど何も知らされませんでした。それだけではありません。今回の計画の範囲になっている区域以外では、そもそも再開発計画自体が知られていなかったのです」

 そのとき、ちょっとした小競り合いが起きた。ステージの脇のほうで発表を見守っていた先生の一人が晃を止めようとしたのだ。

「友野君、ちゃんと発表の内容を――」

「先生」

 悠星がひやりとしたその瞬間、席を立ってステージに近寄ろうとするその先生の肩を掴んで引き止めた者がいた。それは、今回スピーチコンテストに晃を推薦した張本人である、晃と悠星の担任だった。担任はその先生に何事かを囁き、その場を収めてしまった。席に引き戻された先生は不服そうだったが、仕方ないというように再び座った。

 晃も冷や汗をかきながら一連の出来事を見守っていたが、どうやら丸く収まったようだと見ると、再び話し始めた。

「これは、僕たちがまだ中学生だからという話ではありません。再開発を担当しているという会社から渡された資料も説明は不十分で、どういった経緯で計画が進められることになったのかもよくわかりません。……僕は、いや僕たちは、この計画がこのまま進められることには反対です」

「……ん?僕たち?」

 その発言は悠星には唐突に思えたので、思わず疑問が口をついて出た。

 すると晃は一度かがんだので台に隠れて見えなくなった。そして次に姿を見せた晃はその両腕に何やら紙の束を抱えていた。

「これはこの再開発に反対した人たちの署名です」


      *      *      *


 そして、今回の作戦に参加している最後の一人は。

「こりゃ、またあのじぃさんにどやされる羽目になんだろうなぁ」

 口ではぼやきながらも、俊也の口端にはゆがんだ笑みが浮かんでいる。そもそもこの作戦を提案したのは俊也であり、テンションは高めだ。その理由のひとつは、作戦にかこつけて久方ぶりに自分のバイクを引っぱり出してきたからだ。俊也はバイクで街中を走りながらチラシを撒いている。ばらばらと風に舞うチラシはゆっくりと舞い落ち、道行く人々の注目を集めている。

「さて、そろそろずらかんねぇとヤバイかな」

 ちらとバックミラーを見ると、パトカーらしき影が見える。見かけた者に通報されたかもしれない。

「撤収撤収」

 街中であることを生かして路地へ入ると、そのまま一目散に大場モータースへと引き返した。危機を感じながらも、終始楽しそうな俊也だった。 

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