45 幕開け
さて、いよいよ学校祭の始まりである。
当初はまさかこの日に作戦を実行することになるとは思っていなかった悠星は、少し緊張した面持ちで校門をくぐった。
生徒たちはみな一様にいつもよりテンションが高い。今までほとんど話したことのないクラスメイトから「実行委員お疲れ様」と声をかけられたりして、戸惑いながらも少し嬉しくも感じた。
体育館に全校生徒が集まり、校長の訓示、諸注意などの連絡、そして生徒会長による開幕宣言によって二日間の学校祭は幕を開けた。悠星は実行委員になってようやく顔と名前が一致した生徒会長の言葉を真面目に聞いた。寝なかったのは今日が初めてだ。
一日目は文化祭である。午前中は全員参加の合唱コンクールがあり、それが終わると各クラスの出し物や文化部の発表、他にもステージを使った演劇などの自主発表がある。保護者も参加するバザーも昼ごろから出て、生徒や来場者はそこでご飯を買って食べることもできる。
悠星にとって今日のメインイベントは自主発表中にある、晃の作文発表だ。その発表のときに晃にあるお願いをしてある。それが成功するかどうかは、悠星たちの作戦の行方に大きな影響を与える。しかし悠星は本心では成功するかは五分五分だと思っている。晃はことのほか真面目な生徒だ。そのことが悠星にとって有利に転がるか、それとも不利に働くかは未知数だった。晃が悠星との約束を守る方を選ぶか、それとも先生たちからの期待に応える方を選ぶか。悠星ができるのは前者であるように願うことだけだ。
出し物のほうに重点を置いていた悠星たちのクラスは、合唱コンクールは学年三位という成績で終わった。しかしクラスメイトたちはここからが本番とばかりに意気込んでいる。悠星にとっても本番はこれからだ。
実行委員ということで出し物の当番から外れている悠星は、出し物やバザーなどを見回りながら、来場者の様子を観察していた。来場者に配られているしおりには、美紗と一緒にこっそり挟んだチラシが入っている。万が一それで今の段階から騒ぎになってしまうとこれからの作戦に支障が出る。しかし見たところ、そのような兆候は今のところない。来場者たちはそれぞれ出し物をまわったり、目当ての発表の時間を気にしたりということに忙しく、チラシに気付いているのかも疑わしいような様子だ。とりあえず問題はなさそうなので悠星は安心した。
そしていよいよそのときが来た。しおりに書かれた時間の少し前に、悠星は発表のおこなわれる体育館に入った。自主発表も終盤、出し物を見回るのに疲れた来場者などもいて、体育館は意外と混んでいた。悠星はステージ前にパイプ椅子を並べてつくられた席の端のほうに座った。
発表は予定から十分ほど遅れて始まった。自主発表ということで全校生徒が集まっているわけではない体育館では、晃が出てくるとまばらな拍手が起きた。
緊張しているのか、晃はうつむきがちでなかなか席のほうを見ない。手に持った原稿用紙に目を落とし、胸に手を当ててひとつ息をして心を落ち着かせると、ようやく顔を上げてマイクに向かった。
「えぇっと、みなさん、こんにちは。二年の、友野 晃です。えっと……」
悠星は口の中だけで「あちゃぁ」と呟いた。どうやら晃は極度の上がり症のようだ。途中でつっかえてしまい、なかなか次の言葉が出てこない。この程度の人数の前での発表でこれでは、本番のスピーチコンテストは大変そうだ。しかし今はそんなことよりも作戦の成否がかかっている。悠星は精一杯「頑張れ」と晃に向けて念を送った。
すると一瞬、晃と目が合った気がした。その瞬間、ほんの少しではあるが、晃の表情が緩んだように見えた。
「今日、ここに立たせていただいたのは、学年代表として出場するスピーチコンテストでの発表を、皆さんにお聞きいただくためです」
口調は先ほどまでとは違って随分滑らかになった。生来の生真面目さがよく現れたような丁寧な言葉遣い。悠星は固唾を呑んで次の言葉を待つ。
「……ですが今から僕が皆さんにお伝えするのは、その内容ではありません」
晃の言葉を聞いて、悠星はほっと息を吐いた。晃は悠星との約束を選んでくれたのだ。会場が若干ざわつく中、晃は次の言葉を告げた。
「僕がこれからお話しするのは、僕たちが今直面している、町の再開発計画についてです」




