44 全員集合
その日の朝、暢子は狐につままれたような顔になった。
いつも学校に遅刻しないギリギリの時間にしか起きてこない悠星が(本人はそんな自覚はないが)、今日はいつもより一時間も早く部屋から降りてきた。朝食と弁当を準備していた暢子は珍しいものを見る目でそんな悠星を追う。
「……あの子、そんなに学校祭楽しみだったのかしら」
ひそひそと語りかけたのは、長男の善之だ。既に社会人として働いているが、今日は土曜なので仕事は休みだ。だが善之は休みも関係なくいつも同じ時間に起きて朝食を食べて新聞を読む。今日の朝刊から顔を上げた善之はうろんな目で悠星を見ると、母にひそひそ声で返した。
「さぁ。俺にはよくわからないな。悠斗ならまだしも」
歳の離れた悠星のことはあまりわからない善之だった。悠星がまだ歳の近い悠斗のほうに懐いていたからというのもある。ちなみに悠斗は部活の遠征試合のため、さらに早く家を出ている。
「ごちそうさま」
「……」
いつもより数段きびきびと動く悠星。そしてあっという間に登校の準備を終えると。
「行ってきまーす」
「……行ってらっしゃい」
嵐のように出て行った。いつもならまだ起きてもいない時間だ。
今日は学校祭一日目。家を早い時間に出たのは別に学校祭が楽しみで待ちきれなかったからではない。悠星は実行委員にも入っているが、その仕事があるからでもない。今日は創紀たちとともに、作戦を決行する日でもあるからだ。これから創紀の家の近くで作戦の最終打ち合わせをするのだ。
夏が過ぎて早一ヶ月あまり。日中はまだまだ暑いが、早朝の空気は夏から秋へそろりと移り変わっていた。よく晴れた空には入道雲にかわってうろこ雲が浮かび、空をより高く見せている。
「よし、行くか」
悠星は一声気合を入れた。
創紀の家の近く、新興住宅地の中にある公園には、既に高校生の三人が顔をそろえていた。俊也はまだいない。
「おはよう、悠星」
「……何してるの?」
公園に入ると、それに気づいた創紀が声をかけてくれた。しかし悠星は三人の様子が引っかかった。
三人のうち、香織とめぐみはベンチに座り、創紀はその脇に立っている。女子二人は何か小さな本のようなものを見ながらぶつぶつと話している。
「めぐみのイメージはこれかな。ヒメジオン。色も白くてめぐみっぽい」
「えへへ。香織ちゃんには私ってそんな風に見えてるんだ。嬉しいな。香織ちゃんはどれがいい?」
「うーん……」
香織が手元で広げている本を上から覗き込む。それはハンドブック型の植物図鑑だった。創紀が笑いながら悠星に説明する。
「この前、初めて俊也さんがうちに来たときに、俺たちのことを『雑草戦隊』って言ってただろ?戦隊物って懐かしいなって話になって、自分たちは何になるかなって話してたんだ。ちょうどうちに植物図鑑があったから持って来た」
「うげ」
楽しそうな創紀たちをよそに、悠星は苦い顔になった。以前俊也と交わした会話を思い出したのだ。
「何も今そんなことしなくても」
「あれ?雑草云々言い出したのって悠星じゃなかったっけ」
「うん、まぁね。おじさんもその流れで話したことには違いないけど。だいたい雑草なんて全部緑じゃんって否定したのに」
顔とともに声も引きつる。だがこれは自分の発言が元なので、自業自得といえば自業自得である。ちょっとうなだれたい気分だ。
「俊也さんはドクダミだって言ってたよね。俺はこの黄色いやつかな」
「セイタカアワダチソウ……?ってかソウ兄までノッてるんだね」
創紀と悠星のやり取りをよそに、女子二人は楽しげだ。
「私はキャッツアイ・ブルーにする。この色は綺麗だし。和名はいただけないけど」
ついに香織までそんなことを言い出し、悠星は追い詰められた。
「ちなみにリーダーは赤だよね?悠星」
「うぅ」
「そいつはヒガンバナだ。ヒガンバナ・レッド」
その場の空気よりもさらに陽気な声がかぶさってくる。俊也だ。口元を歪めてにやりと笑っている。
「おじさん、絶対面白がってるでしょ」
恨めしそうに睨んでみても俊也はどこ吹く風である。対して創紀は意外とまじめそうな顔で言う。
「いいんじゃないかな。悠星にぴったりで」
「ソウ兄まで何言い出すの」
もはや悲鳴のような声で抗うも、創紀の勢いに負けた。
「悠星、ヒガンバナの別名って知ってる?」
「え、知らない……」
「曼珠沙華だよ」
「……おぅ?」
そう言われると、悪くもないような気がしてくる。曼珠沙華・レッド。なかなかリーダっぽい。
「そんじゃ、決まりだな。さぁ、今日の動きの最終確認するぞ」
指を鳴らしながら俊也が宣言した。




