40 俊也パニック
「ようやく相手のしっぽが見えてきた感じだな」
創紀は顎に手をやって言った。めぐみと香織、それに悠星も同調する。
悠星の中学の学校祭を来週末にひかえたこの日、四人は再び創紀の家に集合していた。今はそれぞれが集めた情報を出しあったところだ。
今回一番の注目を集めたのは、やはり悠星が出した情報だった。実際に立ち退きが始まっているという現地調査の結果や俊也から聞かされたことなどを全部話したので、単純に情報量が膨らんだというのもある。しかもその中身は非常に質が高いものだったのだから、当然ともいえる。
他の話では、香織は前に話していた大希のことが気になり、ちょくちょく様子を見に行っていたそうだ。最近は斑野も来ていないようで、大希も家の前や公園などで元気そうに遊んでいるという。めぐみと創紀は引き続き再開発の情報収集をしていて、何人か区域内の生徒に行き当たったそうだ。直接の知り合いではないので、友達を介して話を聞いているところということだ。
「それで、悠星が話を聞いた人っていうのはどういう人なんだ?」
「あぁ、そのことなんだけど……」
創紀は俊也に興味を持ったようだった。それもそうだろう。大人の手を借りることに抵抗をもっている悠星が頼りにしている唯一の大人なのだ。悠星とは仲のいい創紀でも俊也とは面識がない。
そのとき。
ピンポーン。
創紀の家のチャイムが鳴った。「はぁい」と返事しながら迎えに出たのは創紀の母、優花だ。パタパタと廊下を駆ける軽やかな音が壁越しに聞こえてくる。
「宅配便かな?今日お客さんはないはずだし」
不思議そうに玄関方面を気にする創紀に対し、悠星はどこか気まずそうに黙りこむ。そして。
「よう」
「!?」
声にならない短い悲鳴をあげて香織とめぐみは肩を抱き合い、驚愕と少しの恐怖を浮かべた顔でリビングに入ってきた人物を凝視する。創紀はポカンとし、悠星はあちゃーという顔で頭を押さえる。
「ん?どうしたお前ら。若いもんは元気が取り柄だろう」
「こんな登場されたらびっくりするの当たり前でしょ、おじさん」
いつもの黒いつなぎ姿でそこに立っているのは、俊也その人だった。
実は今日、とうとう俊也を他の三人に紹介する算段だったのだ。悠星が俊也からの情報もすべて話したのもそのためだ。本当は一緒に来れればよかったのだが、俊也は自分の店の仕事があったのでそうもいかなかった。日曜日というのはまだ学生の悠星たちには休みだが、商売をする者にとっては一番のかき入れ時だ。香織たちがすくんでしまったのは、仕事着であるつなぎそのままでいきなり現れた大人の男に威圧感を覚えたからだ。俊也の仕事は女性と接することがほとんどないので、身だしなみなどに気が回らないのだ。最近は女性のライダーもいなくはないが、俊也の店には寄り付かない。
というわけで、悠星から三人に俊也を紹介する。その正体がわかると、怖がっていた香織とめぐみも、怪訝そうだった創紀も緊張を解いた。
「あの、俊也さんはどうして俺たちをフォローしてくれるんですか?」
いち早く質問を投げかけた創紀に、俊也はあっけらかんと応える。
「そりゃあコイツに頼まれたからよ。悠星の父親とは昔からの馴染みなんだ。ってか、俺に対して敬語使うこたねぇぞ。そんな大した身分じゃねぇ」
「……正直、びっくりした。悠星にこんな知り合いがいるなんて」
「コイツのことはこーんなガキの頃から知ってる。よくうちに遊びに来るんでな。家族ぐるみって訳でもねぇが、単身赴任してるコイツの父親からも、けっこう頼まれてんだよ。今回の件についてもな」
「えっ?」
「こーんな」と口にする俊也が手で示した悠星の背丈が余りにも低くて呆れた気分も、その後の台詞でかき消されてしまった。この件について俊也が父の克善と話していたという事実は悠星も初耳だったので、思わず驚いた声が出た。そんな悠星にニヤリと笑ってから、俊也はその場の全員を見回した。
「さぁ、こっからが本番だぞ、お前ら。あいつらに一泡吹かせてやろうじゃねぇか」




