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4 天然女子現る

「藍川さん、次の移動教室一緒に行かない?」

 その日の午後。昼休みがもうすぐ終わるというときに、香織に声をかけてきた女子生徒がいた。

 長い髪は天然なのかゆるくウェーブがかかっていて、両脇を細く編み込んである。小柄で線が細いわりに頬のラインには丸みがあり、全体的におっとりした印象。歳相応よりは幼く見える容姿に拍車をかけているのが、アニメ声のようなハイトーンボイスだ。

 いきなりのことに何のリアクションも取れず固まっている香織を見て、その女子は今気づいたというように大仰に続けた。

「あ、そういえば自己紹介してなかったね。初めまして。十萌 めぐみです。よろしくね」

「あぁ、うん、よろしく」

 なんとなく気を呑まれた気分で、香織は促されるまま席を立った。次の教科、化学のテキスト一式を手に。

「ねぇ、香織ちゃんって呼んでいい?私のことはめぐみでいいよ」

「うん、いいよ」

「やったっ。香織ちゃんが前住んでたのってどんなところ?」

「うーん、田舎だよ」

「海の近く?」

「近くはないけど、なんで?」

「だってきれいにやけてるんだもん。サーフィンとかしてたのかなって」

 めぐみは自分の肌と香織を見比べる仕草をした。確かにめぐみの肌は白い。香織は顔をしかめて自分の浅黒くやけた腕を見下ろす。

「これは、やけちゃうんだよ。Australiaは日光?が強いから」

「ふぅん。晴れの日が多いってこと?」

「いや、違うと思う。わかんない」

 本当は香織は紫外線と言いたかったのだが、日本語が出てこなかったのだ。なんとなく噛み合わないまま会話は続く。

「でも海外暮らしなんて素敵だねぇ。オーストラリアってたしか、エアーズロックとかある国だよね」

「そうだよ。でも私にとってはあっちがhomeっていう感じだけど」

「あぁ、そっか。じゃあ逆に日本が海外って感じ?」

「パパが日本人だからそこまで思わないけどね」

 香織はいつのまにかめぐみのペースに呑まれていた。どこかちぐはぐな感じを覚えながら、それでも気分がだんだん軽くなっていった。肩の力がすぅっと抜けていく。自覚はなかったが、相当緊張していたようだ。こちらの高校に来た初日なのだから無理もない。

「着いた。ここだよ」

 そこは薬品の匂いがする実験室だった。広く取られた窓越しに、さっきまでいた教室のある棟が見える。すっかりめぐみとのお喋りに気をとられていたので位置関係があいまいだったが、どうやらこちらは別棟で、教室の棟と平行に建っているようだ。実験室には既にクラスの大半の生徒が集まっていた。

 他の生徒たちになんとなく馴染めないものを感じている香織は、声を低くしてめぐみに問う。

「なんでわざわざ移動するの?実験なんてする?」

 薬品の匂いに顔をしかめている香織に対して、なぜか楽しそうな様子でやはり声を潜めてめぐみが応える。

「実験はしないと思うよ。私たちはまだだけど、2年から理科と社会は選択になるから、基本ずっと移動だよ」

「あぁ、そういうこと」

 だからといって今から移動することはないような気もしたが、それをめぐみに言っても仕方がない。とりあえず納得した素振りを見せると、クスクスとめぐみが笑った。なんで今笑うのか、何がおかしかったのかわからず訝しげな香織に、めぐみは意外なことを言った。

「こうやってひそひそ話してると、なんか秘密のことを喋ってるみたいだね」

「え、そう?」

「うん。ほんとの仲良しにしかしない、秘密のおしゃべり。じゃ、私の席あっちだから、また後で」

「あぁ、うん……」

 満面の笑みで手を振り、自分の席へと駆けていく。教室が変わっても席が自由なわけではなく、元の教室と同じ並び順なのだった。

 香織は呆気にとられた気分で自分の席についた。高校に来て初めてまともに会話を交わしたのがこのめぐみだった。のほほんとしているというか、マイペースというか。だがそれが嫌な感じではない。悪い子ではなさそうだ。ただめぐみが変わっているのか、こちらではこれが普通なのかは、まだ他のクラスメイトと馴染めていない香織には図りかねた。これから少しずつ知っていくしかない。

 ひとまずめぐみから視線を外すと、隣の席の男子生徒がこちらを窺っていた。目が合うと、なんとなく気まずげにお互い目を逸らした。

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