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38 現地調査へ

「おい悠星、あんまコソコソしてもしょうがねぇだろ。堂々としとけ」

「そうは言ってもさぁ」

 この日、悠星は俊也と共に町のなかを歩いていた。それは周りから漏れ聞こえ始めた「再開発計画による転校」の噂の実態を確かめるためだ。再開発の区域内で、最近引っ越しをしたと思われる家がどれくらいあるかを実際に見て回る。

 悠星は背を丸めて俊也の後ろに隠れるようにして歩く。以前この辺りで一度悠星はあの斑野と遭遇し、再開発計画に対して反感を持っていることを知られてしまっている。だからこの辺りを歩くのは少し気が引けている。そんな悠星を俊也は呆れたように見る。

「俺がついてんだ。滅多なことはねぇから安心しろ。むしろ目立つぞ、その格好」

 俊也に言われて渋々という感じで隣に並んで歩き始めた。

 悠星が俊也を引っ張りだして、斑野との接触の危険を意識しながらも今回の現地調査を実行したのは、学校祭の実行委員である美紗の言葉がきっかけだった。

ーーねぇ、桂木君、その再開発計画って一体何なの?すごく近所で起こってることなのに、周りで知ってる人がほとんどいないし、こんな急に転校が決まっちゃうなんて。

 美紗が悠星に伝えてきたような不安がどのくらい広がっているものなのか、実態はよくわからない。悠星自身の知り合いにはこの再開発の影響で転校するという生徒はいない。そもそも学校での知り合いもほとんどいないのだから無理もないが。

 今歩いているのは、香織の家の近くだ。先日この辺りで香織が斑野を目撃している。だから余計に意識してしまうというのもあるし、あまり香織とは鉢合わせたくないという思いもある。

「あの斑野って奴の会社のことだが」

 ビクッと肩を震わせる悠星を面白そうに見る俊也。斑野という名前に過剰に反応するので完全に遊ばれてる感じだが、俊也としてはそれだけでもなかったようで。

「ちゃんと聞け。やっぱその会社ちょっときな臭ぇぞ」

「……どういうこと?」

 確か創紀は怪しい情報は出てこないと言っていたはずだ。俊也は何か掴んだのだろうか。

「俺が持ってる情報網は、お前らとは違う。大人には大人の領分ってのがあるんだ。俺が耳にした話によれば、その会社は以前、ある大きなトラブルをもみ消していたらしい。土地の売買がらみで」

 俊也は前を向いたまま、声を低くして話す。悠星は相槌を打つのもためらわれて、ただ黙って聞いていた。

「その話をしてくれた奴によると、いまだに泣き寝入りしている被害者が一定数いるらしい。一時は集団提訴の話まで持ち上がったが、相手が周到すぎて諦めるしかなかったようだ」

 背筋がぞっ、と寒くなった。それはまるでこの再開発計画のバッドエンドのようではないか。

 なぜそんな強引なことができるのだろう。とてもまともな会社のやり方とは思えない。やはり何としてでも止めなければ。その会社の、斑野の好きなようにはさせられない。

 俊也の話を聞いているうちに、区域の端の方までやって来た。目印であるあの細い柱状のものが等間隔に立っているのが見える。

「この辺じゃねぇか?聞いてた住所だと」

 ポケットから取り出したメモを見ながら俊也が言う。それは悠星が入る前に実行委員をしていた生徒が住んでいた家の住所だ。美紗が知っていたので今日のために教えてもらった。今のところ、既に引っ越してしまった家の情報で確実なものはその生徒の家だけだったので、ひとまずそこを足掛かりとしたのだ。

 目の前の家は、確かにもう人が住んでいない様子だった。駐車スペースに車はなく、カーテンの外された窓の奥は真っ暗だ。周りに目をやると、その隣の家も空き家になっているようだ。

「ソウ兄が言ってた区域ってこの辺のことだったのかな」

 以前創紀の家に集まったときに聞いた話を思い出してひとりごちた、そのとき。

 ブロロロ……という大きなエンジン音を響かせて奥の道から出てきたのは、一台のトラックだった。

「……」

 住宅地の細い道をギリギリ通れるようなそのトラックは、悠星たちの目の前を轟音を響かせながら曲がっていった。トラックの横腹にはあまり聞き慣れない引っ越し業者の名が書かれていた。

「おじさん、あれって……」

 思わずポカンと見送ってしまってから隣の俊也に話しかけたが、俊也は鋭い目でそのトラックが去っていった方向を睨んだままで、応えは返ってこなかった。

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