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37 実行委員のお仕事

 学校祭を二週間後に控えたこの日、放課後の生徒もまばらな廊下を悠星は大量のプリントを重そうに抱えて、一路生徒会室へと向かっていた。隣には悠星のものほどではないが、やはり重そうな紙の束を抱えた美紗がいる。これは学校祭当日に生徒はもちろん、来場したすべての人にくばるしおりだ。これから生徒会室で実行委員総出で綴じる作業をするのだ。

「桂木君」

「へ、何?」

 重くて持ちにくい紙の束にすっかり気をとられていた悠星は、いきなり呼びかけられて変な声を出した。少しでもバランスを崩せばたちまち廊下にばらまいてしまいそうなプリントを抱え直して美紗を見る。しかし呼びかけた当人は微妙な顔つきで悠星を見返すと、小声で言った。

「やっぱいい。後で話す」

「そう……?」

 すたすたと歩いていってしまう美紗を不思議そうに目で追いながら、悠星も生徒会室へと急いだ。とにかく早くこの荷物をおろしてしまわなければ落ち着かない。

「ふう」

 束を崩さないように机の上におろすと、思わずそんな声が出た。実行委員の六人で分担して運んでも一人分はかなりの重さだ。

 二週間後の土曜、日曜の二日間で行われる学校祭は、一日目が文化祭、二日目が体育祭だ。このしおりはその二日間共通のもので、各日の催しやクラスの出し物、タイムテーブルや組分けなどが載っている。これからページ順にして二つに折り、ホッチキスで綴じていく作業をするのだが、情報量が多いのでかなりのページ数になる。それを生徒分だけでなく各日の来場者分も準備するのだから、紙の量も膨大になってしまうという塩梅だ。美紗が「人手が必要になるのはこれから」と言っていた意味を実感する。むしろ助っ人が欲しいくらいなのに、ここからさらに一人減った状態はかなりきつい。

「あれ、今日は会長も副会長もいないんだね?」

 一息ついて見回してみると、ミーティングのときには必ずどちらか(または両方)が顔を出していた生徒会長も副会長も今日は姿がない。その疑問に応えたのは三年の剛志だ。

「彼らは彼らで先生たちとの橋渡しの役目があるからね。ミーティングはその報告があるから参加してるだけで、基本的に彼らはこういう作業には加わらないよ」

「そうなんだ……」

 むしろこういうときこそ手伝って欲しいと思ったが、彼らには彼らの事情があるのだろう。生徒会室を使わせてもらっている手前、こちらからそれを要求するのも憚られる。

 それからは六人でただ黙々と作業を続けた。机の上にページ順に並べたプリントを一枚ずつ取っていき、ページの順番が間違っていないことを確認したら、きれいに揃えて半分に折り、ホッチキスで綴じて冊子状にする。ひとつ作り終えたらまた最初の作業に戻る。同じところをぐるぐると回る単純作業の繰り返し。

 作業開始から一時間近く経って、ホッチキスを握る手に力が入らなくなった頃にようやくすべてのしおりが出来上がった。あとは生徒に配る分はクラスごとの生徒数で分配していく。しかし今は六人も疲労困憊だったので、あとの作業は次回へ持ち越しとなった。

「これは本当に、地味に大変な仕事だね」

 一緒に生徒会室を出た美紗に言うと、やはりくたびれた声が返ってくる。

「単純に考えて、一人辺り全学年の半分に、プラス来場者の分でしょう。それだけで膨大な量だよね。配られちゃえばくしゃくしゃにされたり無くされちゃったりするものって考えたら、徒労感でよけいに辛いよ」

 今まではその「無くしてしまう側」だった悠星はひどくばつの悪い思いをした。これからはもうちょっと大事に扱おうとひそかに思った。

 美紗によれば、この実行委員というのはほとんどが持ち上がりなのだそうだ。生徒の大半は部活に所属しているので、この時期に自由に動ける生徒というのはあまり多くないからだ。

 荷物をとりに自分たちのクラスへと戻る道すがら、悠星はそういえば、とさっきのことを思い出した。

「プリント運んでたときに何か言いかけてたよね?」

 あのときは「後で話す」と言っていたが、今がそのときではないか。

 悠星が聞く態勢で美紗を見ると、当人は少し困惑しているような表情で下を向く。なんだか話しづらそうだ。

「……桂木君、前に実行委員の子が転校しちゃったのは、実はその地域の再開発計画が原因って言ってたでしょ。あのね、私のクラスでも転校するっていう子が出たんだ。私の、幼馴染みの子なんだけど」

 悠星の心臓がトクン、と跳ねた。計画がまたひとつ進んでいる。

「その子って、もう引っ越しちゃったの?」

「ううん。でももうあんまり時間がないって言ってた。……ねぇ、桂木君、その再開発計画って一体何なの?すごく近所で起こってることなのに、周りで知ってる人がほとんどいないし、こんな急に転校が決まっちゃうなんて」

 美紗の顔には不安が浮かんでいた。それは以前母の暢子が見せた表情に似ていると思った。

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