34 作戦会議 前半戦
「お邪魔します……」
日曜日の午後、創紀の家。今日はいつものカフェではなく、ここで作戦会議を開くことになった。いつもこの四人で話し込んでいるので、外ではいい加減目立つだろうということで、創紀が場を提供してくれたのだ。
悠星は何度も来ている創紀の家だが、香織とめぐみが足を踏み入れるのは初めてだ。香織だけでなく、いつも元気なめぐみまでも初めて入るよその家に遠慮気味だ。
「皆さんいらっしゃい。狭いところですがどうぞ」
創紀の母、優花が人好きのする笑顔で迎えると、恐縮した様子で香織が返す。
「急に押しかけることになってごめんなさい」
「あら、いいのよ。遠慮しないで。うちの中に女の子がいるって新鮮だわ」
創紀は一人っ子できょうだいはいない。それに友達を連れてくるといっても悠星のようなバスケ仲間ばかりなので、優花はこの珍しい状況を楽しんでいる様子だ。そんな優花の振る舞いにちょっと安心して招かれるままに奥へ入っていく。
通されたのはリビングだった。さすがに創紀の部屋は四人には狭いし、今日は女子もいる。創紀の父は外出しているそうで、リビングをこの四人で使わせてもらうことになった。
優花は人数分のお茶と茶菓子を用意すると、家事のために出ていった。
「何か手土産持ってくるべきだったね」
「うん。次からお茶菓子はいりません、って創紀君に伝えといてもらおう」
日本の作法に妙に詳しい母から普段いろいろ言われている香織と、天然なわりに実は繊細な精神のめぐみはヒソヒソとそんな会話を交わした。
「じゃあ、それぞれの集めた情報を出しあおう」
ごほん、とひとつ咳払いをして悠星がこの場を取り仕切り始める。最初に比べればちょっと様になってきただろうか。
「まずはおれから。うちのクラスの学級委員の奴がこの区域内だった。再開発の話はなんかタブーっぽい感じであんまり話したがらなかったけど、少なくともそいつ自身は計画には反対って感じだった」
悠星はそこを足掛かりにしたい考えだ。学校に友達と言えるほど仲がいい生徒がいない悠星に比べ、晃は学級委員をしているだけはあって顔が広い。他のクラスの生徒とも交友があるので、晃を仲間にできればかなり広い情報網になる。あまり乗ってくれなさそうではあるが、今のところ頼れそうなのは晃くらいなので、なんとか味方に引き入れたい。
悠星の発言に続いたのはめぐみだ。
「私は同じ部活の子に訊いてみたんだけど、うちには私以外に区域内の子はいなかったな。うちの高校、学区が広いし、書道部員って今十二人しかいないからかもだけど。友達とかにそういう子がいないか、今みんなに訊いてもらってるところ」
めぐみと香織、そして創紀は全員同じクラスだ。そこでクラス内のことは創紀に一任している。創紀の家は再開発の区域外なので、当事者でない立場から客観的に切り込んでいけるからだ。訊かれた方もその方が深刻にならず気楽に話せるようで、創紀のもとにも随分情報が集まっている。そうなるとめぐみがクラス外で交友があるのは部活仲間ということになる。そして、香織はというと……。
「私の情報は、ちょっと視点が違うんだけど」
低く落とした声で、言いにくそうに口元をこわばらせる。それに応えたのは創紀だ。
「別にいいんじゃないかな。今はとにかく情報が欲しい。何か知ってることがあるなら、一人で抱えるよりこのメンバーで共有していた方がいい」
そう促されても、香織は気が進まない様子だった。だがしばらく沈黙した後、ついに重い口を開いた。
「前に、再開発の区域をまわっている男の話が出たでしょ。たしか、斑野とかいう。その男を、見たんだ。というか、遭遇した、というか」
「遭遇?」
訊き返したのはめぐみだ。この話はめぐみも今初めて聞くものらしい。
香織は言いにくそうに続ける。
「男が、うちの近所に住んでる小さな男の子を、蹴ってたんだ。その子の家も区域内みたいで、斑野は家にも行ってたらしいんだけど。私、意味がわからなくて。その子、倒れちゃってるのに、斑野は蹴るのをやめなくて。お腹の辺りを、何度も」
「わかった。もういいよ。無理して話すことない」
静かな、でもきっぱりした声で香織の話を止めたのは創紀だった。それとほぼ同時に、横から抱きすくめられる。めぐみだ。
「香織ちゃん、そんな怖い目に遭ってたんだね。ごめんね、気づかなくて」
「……怖かったのは私じゃなくて大希の方だよ。あ、大希ってのはその男の子ね」
「でも香織ちゃん、震えてるよ?顔色も真っ青だよ」
「え?」
自分では気づいていなかったというように、香織は自分の体を見下ろす。そして「本当だ……」と呟いた。
香織の発言を受け止めた三人は、言うべきことが見つからないというように、しばらく口を閉ざしたままだった。




