33 初顔合わせ
「お邪魔しまーす……」
ある日の放課後、悠星は学校の生徒会室へ来ていた。生徒会など微塵も関わりのない悠星がなぜこんな場所にいるのか。それは学校祭実行委員のミーティングがここで行われるからだ。
緊張ぎみにドアをそっと開けて小声で声をかけると、既に揃っていたメンバーが一斉にこちらを見たので、悠星はその場で固まってしまった。
「……君は?」
上級生らしい男子生徒が代表して誰何してくる。悠星はその生徒をどこかで見たことがあるような気がしたが、よく思い出せなかった。多くの目に見つめられながら、ぎこちなく悠星は応えた。
「えっと、実行委員の……補欠です」
欠員が出た実行委員の代わりというのをどう言っていいかわからず、悠星は補欠と言った。それでも中にいた生徒たちには伝わったようで。
「じゃあ君が先生が仰ってた桂木君か」
「はぁ、まぁそうです」
固まった空気が一転して歓迎ムードになった。黙ってこちらを見ていた生徒たちが歓声をあげ、わぁわぁと喋り出す。
「よかったー。欠員が出たときはどうなるかと」
「我々は少数精鋭ですからね」
「とにかくこれでなんとか準備も間に合いそうだ」
声をかけてきた上級生に招き入れられ、恐縮する気分で部屋の中に入る。期待に沿うような働きができるかは未知数だ。何せまだ何をしたらいいのかもわからないのだ。
生徒は悠星を含めて八人いた。なんだかひどく中途半端な人数だ。ざわめきが収まると、先の上級生が言った。
「さて。桂木君も来たことだし、僕は退出するよ。あとは志藤君、よろしくね」
「お任せください。お疲れ様です」
志藤、と呼ばれた女子生徒が応えると、満足げな様子でその生徒は出ていってしまった。今来たばかりの悠星には二人の交わした会話の意味はわからなかった。
その彼女が場を取り仕切るように口を開く。
「ただ今、会長から言付かりましたので、今日のミーティングはここから副会長であるこの志藤 夕夏が進行させていただきます。書記は私が兼務します」
よろしくお願いします、と生真面目そうに一礼する。その一言で悠星は先の生徒が何者かを知った。
(会長……あぁ、そうか!)
あの男子生徒は、この中学の現生徒会長だった。道理で見たことがあるはずだ。むしろなぜ会長の顔がうろ覚えだったのか。それは悠星が、会長のスピーチがある全校集会をほぼ寝て過ごしているからだ。うっかり隣の生徒に「今の人、誰?」と訊いてしまうところだった。要らぬ赤っ恥をさらすところだ。
最初に、初めて参加する悠星のためにそれぞれ簡単に自己紹介をした。実行委員は各学年で二人ずつの計六人だった。男子生徒が四人で女子生徒が二人。先ほど一人が「少数精鋭」と口にしたが、学校全体のイベントである学校祭をこれだけの人数で調整するのは大変そうだ。確かにここでの欠員は痛手だろう。
「それでは、ミーティングを進めます」
夕夏は一枚のプリントを皆に配った。
今日のミーティングのメインは週明けに配る予定の、保護者向けの学校祭のお知らせを仕上げることだ。先ほど夕夏が配ったのはその草案だ。悠星はもちろん初めて見るものだが、他の生徒は前回のミーティングの際に話し合ったものなのでそこから話が進んでいく。先に発言したのは三年生の高野 剛志だ。
「この前話したように、去年のものと比べてバザーのお知らせを大きく載せる形に変更してみた。今回は二日間あるからね」
それを受けての発言は悠星と同学年の女子生徒、吉田 美紗だ。
「前回は保護者参加があまり伸びなかったですからね。アピールは大事ですし、バランスも思ったほど問題ではないですね」
初参加の悠星はほとんど聞く側にまわってしまったが、他のメンバーによってポンポンと話し合いは進んでいく。若干の修正をへて、お知らせの最終案がまとまった。その後は当日の来場者に配られるしおりについて少し話し、今日のところは散会となった。
生徒会室を出るとき、同年の美紗が声をかけてきた。
「初めてのミーティングはどうだった?話には付いてこれた?」
「うーん、なんとか。おれこんなんで役に立つのか、ちょっと不安だけど」
苦笑ぎみに返すと、美紗は首を横に振る。
「本当に人手が必要になるのはこれからだし。何より私は学年一人っきりになっちゃって心細かったから、来てくれて助かったよ」
そういうものか。先ほどバンバン発言していた美紗からはそんな様子は見てとれなかったが。
「そもそもなんで欠員しちゃったの?こんな時期に」
悠星は疑問に思っていたことを美紗に訊いてみた。すると美紗は首を傾げる。
「私たちも詳しいことは知らないんだけど、家庭の事情?らしいよ。転校しちゃったんだって」
「転校??」
なかなか穏やかでない話だと思ったが、この時はまだその真相まではわからなかった。




