30 貴重な参考意見
「実行委員、ですか」
職員室で担任の前に立った悠星は、戸惑った声でその言葉を反芻した。
始業式早々に担任から呼び出され、何事かと身構えていた悠星に担任が言ったことは、今月末に控えている学校祭の実行委員に入ってもらえないかという打診だった。悠星にとっては寝耳に水であり、思わず首をかしげた。
「なんで今更……?」
学校祭の実行委員というのは本来、夏休みに入る前、七月中には決まっているものだ。中学校の学校祭だから規模はそんなに大きくないが、生徒の家族も見に来るし、バザーなどもあるので、案内やら調整やらで早めに動かなければならないからだ。もう二ヶ月も前に動き出しているその実行委員に今から入るというのは無理があるように思える。
「いや、実はこんな時期になって欠員が出てしまったんだ。あまり事情は詳しく言えないんだが。君は部活にも入っていないし、もしよければ手を貸してくれないか。強制はしないが」
「はぁ……まぁできることはしますけど」
「そうか。悪いな、助かる」
なんだか妙なことになってしまった。職員室を出るとひとつ深く息をついた。
元々集団に入るのがあまり得意でない悠星である。実行委員など、こんなことでもなければ絶対に自分から関わったりはしなかっただろう。部活に入っていないことが仇となった。担任は強制しないと言うが、あの状況で断るというのはなかなか勇気のいるものだ。
一体どんな生徒たちなのだろうか。担任によれば今週末にミーティングがあるということだ。そこで初めてその面子と対面することになる。悠星の頭にあるのは、馴染めるかどうかということと、もうひとつ。それは先ほどここに来るまでに晃とも話したことだ。
「再開発計画って知ってる?」
声を低めて訊くと、晃は完全に足を止めてしまった。どうしたのかと様子を伺うと、明らかに動揺している。
「な、なんで悠星君がそんなこと訊くの?」
おどおどしながら訊き返す。今まで普通に話していたのに、まるで怖がっているように声を震わせている。
「なんで、か。ちょっと色々あってさ。おれの家もその区画に入ってるから」
「えっ?あぁ、そうなんだ。てことは、お寺も?」
「うん」
「……そんなに広い範囲なんだ」
晃は少し落ち着きを取り戻した様子で、まるで独り言のように呟いた。それを聞いた悠星はさらに質問を重ねる。
「それって、晃も計画を知ってたってことだよな?晃の家も区域内なの?さっき学区の外れだって言ってたからそうかなと思ったんだけど」
「そうだよ。でもまさかお寺までその範囲内とは思わなかったから」
それで悠星の口から出た「再開発計画」という言葉に驚いたということだろうか。
悠星は矢継ぎ早に晃へ問う。急かしているようで申し訳ないが、もう職員室はすぐそこだ。こんなところで声を低めて立ち話をしているところを他の者に見られたくないので、早く用件にたどり着きたい。
「それで、晃ん家はこの計画に賛成してるの?」
「それは……よくわからない」
「わからない?」
はっきりと反対の意見が欲しい悠星としてはなんとも曖昧な返答で、つい顔をしかめる。すると晃はまた慌てたように弁明する。
「あ、いや、僕としてはこの町を一旦出なきゃいけないのは嫌だし、反対したいところだけど。せっかくこの学校で仲良くなった子達とも別れなきゃならなくなるし。でも、大人はまた違う考えがあるし。色々事情もあるだろうし、家としての意見って言われると難しいよ」
「ふぅん?」
そういうものか、と悠星は思う。大人には大人の考え方がある。それは確かにそうだろう。だからこそ悠星はそこからつまはじきにされたのだ。だが、ではその事情というのは何なのだろう。
とにもかくにも、貴重な意見を聞くことができた。少なくとも晃自身は心から賛成しているわけではないようなので、今はそれだけでも大きな収穫だ。
「悠星君は」
「ん?」
一人で考えをまとめていると、晃が不思議そうに尋ねた。
「そんなこと訊いてどうするの?」
こちらから質問するばかりで、その目的については話していなかった。悠星はニヤリと笑って言った。
「おれ、この計画潰す気だから」
不思議そうな顔はみるみる驚きの表情に変わった。しかしそこに大人たちが見せたような「何言ってんだコイツ」というような呆れた様子はなかった。まるで何か希望を得たかのように、その目は少し輝いているように見えた。




