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29 夏の終わり

 あんなに長いと思っていた夏休みも、終わってしまうとあっという間だった。結局最後まで計画的にはいかなかった宿題は最後の二日でなんとかやり終えた。今までの悠星なら多少怒られるのも覚悟ですっぱり諦めていたものだが、今年は頑張った。ただでさえ疲れ気味の母、暢子にいらぬ心労はかけたくない。そう思うようになっただけちょっとは成長したというところか。

 夏休み明けの教室は活気に満ちあふれていた。家族で旅行に行った者、海やプールで真っ黒にやけた者、山のレジャーで虫に刺されまくった者。お互いの空白の時間を分かち合うように、至るところで話に花が咲いている。そういう輪に、悠星は積極的に交わりはしない。

 寺の子というのはずいぶん特殊なもので、思春期の中学生のクラスメイトとは微妙な距離感があった。実際悠星の暮らす母屋は学区のはずれで、他のクラスメイトの家とも離れている。遊ぶにしても誘いにくく、敬遠されがちだ。それならば悠星の方から混ぜてもらえばいいのだが、性格上そういうことができない。兄の悠斗にくっついて歩くほうがよほど楽だったので、その友人だった創紀とあれほど仲良くなったのだ。

 そんなわけで、クラスメイトのそれぞれの事情には明るくない悠星だった。今目下の課題は仲間を増やすことだ。ことをよりスムーズに進めるには、あまりおおっぴらにならないほうが望ましい。親しい友達がいれば、そこを取っ掛かりにして話を進めることもできるのだが、部活にも入っていない悠星にはその取っ掛かりさえ掴めない。

 創紀たちとの話し合いで、今の段階でできそうなことは情報収集ぐらいだろうということになった。この計画がどれくらい浸透しているのか、そもそもいつ頃から動き出した話なのか、賛成と反対の比率はどれくらいか。それらのことをできるだけ水面下で調査する。大人に知られれば、要らぬ邪魔が入らないとも限らない。あの斑野側の陣営に知れればもちろん潰されてしまうだろうし、他の周りの大人が知れば危険だとか無謀だとか何らかの理由で止められてしまうだろう。

「どうしたもんかなぁ」

 和気あいあいとしたクラスメイトを眺めながら、悠星はひとりごちた。


「あ、あの、桂木君」

「ん?」

 始業式が終わり、今日はもう下校という頃。悠星に声をかけてきたのは、このクラスの学級委員をしている友野 晃だった。晃が自ら悠星に話しかけてくることはあまりない。あったとしてもそれは悠星が提出物を出していないときに出すよう促したり、掃除当番を忘れていたときに指摘したりと、学級委員として何か言わなければならないときくらいのものだ。

「おれ、今日は宿題出したけど?」

「うん。ちゃんと確認したよ。そうじゃなくて、先生が桂木君に話があるから呼んできてって頼まれたんだ」

「?……そう」

 提出物のことではなかったが、やはり晃は学級委員の職務として話しかけてきたことには変わりなかった。

 晃はいわゆる優等生タイプだ。勉強でも何でも真面目にこつこつやるので、学校の成績はとても良い。その真面目な性格を買われて学級委員をしている。同じ中学生とは思えないほど落ち着いていて、たまにそれが仇となることもある。元気が有り余っている中学のクラスをまとめるには、多少覇気が足りない感じがある。声を張れないので、なかなか指示が伝わらなかったりする。

 悠星を呼びに来たという晃は、その悠星と一緒に教室を出る。

「友野君も来るの?」

「今日は僕が日直だったんだ。これを持ってかなきゃいけないからね」

 晃は黒い表紙の学級簿を示した。それで二人は連れだって職員室へと向かった。

 それにしても始業式早々先生から呼び出されるとはどういうことだろう。夏休みの間にも特に問題など起こしていないはずだ。呼び出しを喰うようなことに思い当たる節はない。

 一人で考えを巡らせていると、隣の晃がおずおずといった調子で話しかけてきた。

「桂木君の家ってお寺なんだよね?」

「そうだけど」

 急に現実に引き戻されて、つっけんどんな応え方になってしまった。すると晃は悠星が気を悪くしたと思ったのか、ちょっと焦ったように言い足した。

「あ、いや別に変な意味じゃなくて。こんな風に喋ることあんまりないからさ。桂木君について知ってることが家がお寺ってことくらいで」

 どうやら晃は会話の糸口を探っていたようだ。クラスメイトで連れだって歩いているのに喋らないのも確かに不自然だ。

「言い訳しなくても別に気にしないよ。あとおれのことは悠星でいいよ。おれも晃って呼んでいい?」

「ああ、もちろん。悠星君が気さくな人でよかったよ」

 晃によれば、クラスメイトとほとんど交流のない悠星は、クラスの中でもかなり謎な人物なのだそうだ。それは悠星の自業自得というところが大きいが、他のクラスメイトのように家を行き来するような関係を築きにくいのも確かだ。学区の外れであり、奥まった場所にある寺までやって来るのは郵便などの配達員か壇家ぐらいだ。

「僕の家も外れの方だけど、普段そこまで行くことはないなぁ」

 そういえば、晃の家はどの辺なのだろう。あの区域には含まれていないのだろうか。

「あのさ、晃」

 せっかくこんな風に会話ができているのだ。この機会を活かさない手はない。

 何?というようにこちらを向いた晃に、悠星は声を低めて訊いた。

「再開発計画って知ってる?」

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